●吐谷渾 とよくこん
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4世紀ごろから7世紀中期まで中国の西,青海省青海湖地域にあったチベット系の遊牧民族国家。遼西の鮮卑族幕容氏一族が支配者。吐谷渾という長が内蒙古・陰山方面に移り,4世紀初め晋王室が南遷し北辺の防備がゆるんだすきに青海地方に進出し,祖先の名を国名にしたと伝えられる。やがて東トルキスタン南辺の西域南道に勢力を伸ばし,且末国を征服して,青海の伏侯城に都をおき,キャラバン交易で富を築いた。また中国と中継貿易を行い,莫大な利を得た。この国には商税があるだけで,その他の租税はなかったといわれる。地理的好条件のほか,当時の国際情勢も幸いし領域を拡大する一方,経済的にも大いに繁栄した。しかし7世紀初め隋に征服され,いったんは再興するものの,唐が出現するとその保護国となった。さらに769年,南から進んできた新興のチベット民族国家の吐蕃に滅ぼされ,王は唐の涼州へ亡命した。