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●具平親王 ともひらしんのう

アジア 日本 AD964 平安時代

 964〜1009(康保1〜寛弘6)平安中期の皇族文化人。村上天皇の第7皇子,母は女御荘子女王(代明親王女)。のち中務卿(中書)に任ぜられたので,叔父の兼明親王を「前中書王」というのに対して「後中書王」と称し,また居所により六条宮・千種殿とも称された。親王は慶滋保胤などに師事して文才をのばし,書道・管弦・陰陽や医術などにも長じていたが,とりわけ和歌や漢詩文に優れる。その和歌は『拾遺集』以下16の勅撰集に入っており,家集に『具平親王集』があり(今佚),藤原公任柿本人麻呂紀貫之の歌の優劣について論評したこともある。その漢詩は『本朝麗草』『和漢朗詠集』『本朝文粋』などに収められている。また編著としては991年(正暦2)撰『弘決外典鈔』(『弘決輔行記』所引の外典抜粋)や『書写山性空上人伝』などがある。その子孫は村上源氏として栄え,のち久我・中院・六条・久世・唐橋・堀川・千種・土御門・北畠・赤松などの諸家に分かれている。