●杜佑 とゆう
アジア 中華人民共和国 AD735 唐
735〜812(開元23〜元和7)。中国,唐代の政治家。中国の政治制度史・社会経済史の史料として最も有要な『通典(つてん)』の著者として知られる。京兆万年(陝西省)の人。名門の家柄に生まれたため官僚となるための科挙試験を受けないで登用された。最初は済南郡参軍・センケンジョウ※注1※に任じられ,以後,工部郎中・青苗使(せいびょうし)・州刺史(しし)・御史大夫(ぎょしだいふ)・節度使などを歴任した。正直で人情のあつい性格をもち,官僚としての才能に秀でていた。とりわけ皇帝憲宗から厚い信頼を得て宰相にまでのぼりつめた。開元末に劉秩が著した『政典』35巻の不備を補うため『通典』200巻を30年がかりで完成させた。812年(元和7)病気となり,この年の11月に死亡。死後は太傅(たいふ)の位を贈られた。晩唐の詩人として有名な杜牧は彼の孫にあたる。
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