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●伴造 とものみやつこ

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 大化前代の部民制において,とくに職業部を統率する首長を伴造という。「友造」と書かれることもある。『日本書紀』の古訓で,「部」を「トモノオ」つまり伴緒と読み,また「トモノミヤツコ(伴造)」とも読んでいる。もともと「伴」は,同僚・友人とともに従者の意味がある。『万葉集』の〈藤原の 大宮仕へ 生(あ)れつくや 処女(おとめ)が友は 羨(とも)しきろかも〉の友(とも)は前者であり,『古事記』の〈爾ニ御伴ニ遣ハサエシ王等(みこたけ)〉の御伴(みとも)は,後者の意であろう。伴造・伴も天皇家の伴(とも・従者)を意味する。その代表者が,大伴氏であることを想起すべきである。『欽明紀』には,〈秦人・漢人ラ,諸蕃ノ投化(おのずからまう)ケル者ヲ召シ集エテ,国郡ニ安置メテ,戸籍ヲ編貫ス。秦人ノ戸ノ数,總ベテ七千五十三戸。大蔵掾ヲ以ツテシテ,秦伴造トシタモフ〉とある。秦部と管掌する伴造に,秦大津父が任ぜられたことを記したものである。秦氏は殖産氏族ともいわれ,絹カトリ※注1※の貢進を初め,諸々の職業に従事する者が多かったから,その統率者として,伴造が任ぜられたものと思われる。『雄略紀』にも,〈漢部(あやべ)ヲ聚エテ,其ノ伴造ノ者ヲ定メヨ〉とあり,伴造の漢使主(おみ)らに直の姓が賜けられたという。だが,一般に中央伴造層に与えられる姓(かばね)は連(むらじ)が多い。ところで伴造の統属系統をみると,中央伴造〜地方伴造〜職業部の形をとるものが少なくない。たとえば,中央の忌部氏が直接,祭祀関係の職掌で朝廷に奉仕しているが,阿波・紀伊などの地域にはそれぞれの地方の伴造がいて,職業部(忌部)を管理し,中央伴造の命をうけて一定の祭祀用具を調進していた。中央伴造は「臣,連,伴造,国造」とつねに列記して呼ばれるように,大化前代の政治や経済上の諸問題に果たす役割は,決して少なくはなかった。律令時代に入ると,伴造は下級官人層として位置づけられ,残存するものもみられた。『令集解』には,伴部を,〈謂ウココロ,諸司ノ友御造(とものみやつこ)ナリ〉とあるのはそれである。伴部は,舎人らと同様に判補で叙せられ,課役を免ぜられていた。

〔参考文献〕平野邦雄『大化前代社会組織の研究』吉川弘文館

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