50音順    検 索

●友野与右衛門 とものよえもん

アジア 日本 AD 

 灌漑用の箱根用水開発の中心となった江戸前期の治水家。生没年不詳。生地は江戸浅草とも駿府の出ともいわれる。その生涯については伝説的なことがらが多い。安倍川の水を手越河原に引き,新田開発の投資を行ったともいわれ,浅草で綿布・両替を営んでいたともいう。1661年(寛文1)西遊の帰途,駿河国駿東郡諸村が灌漑用水の窮乏に苦しむのを見聞し,箱根芦ノ湖の水を引くことを画し,数十町歩の新田開発を考えた。1663年深良村名主大庭源之丞とともに箱根権現別当の援助もあって幕府の許可を得,1666年着工。双方から掘りすすみ,暗夜に火を点じて坑道の方向を正し,苦心の末,1670年湖尻峠を貫通する箱根用水を完成した。1785年(天明5)の調査によれば,灌漑用地は新開地を含め,188町2反7畝16歩,1,890石余,水利は27カ村に及んだ。前進座・一燈園などの演劇活動によって広く人々に知られ,近世地域開発史上の一好例となっている。