●富永仲基 とみながなかもと
アジア 日本 AD1715 江戸時代
1715〜46(正徳5〜延享3)江戸中期の儒者。懐徳堂五同志の一人富永芳春(道明寺屋吉左衛門)の3男。名徳基のち仲基,通称三郎兵衛。字子仲,号謙斎。1724年(享保9)懐徳堂で三宅石庵に学び,15〜6歳ごろに『説蔽』(現存せず)を著したが,その内容がもとで破門されたといわれる。中国先秦時代の思想の発展の歴史を略述したもののようである(「翁の文」1738年)。仲基は創説「加上説」(既存の説を超えようとするときに正当なものとする自説を加えのばして発展できる)をもって神道・仏教・老荘思想もすべて相対化し,日本・中国・インド各国の民俗性と思想の形成との関連に注目した。徳川幕府の教学の権威をも相対化しようとした。1745年主著『出定後語(しゅつじょうごご・こうご)』を刊行(加上説を適用)。伊藤仁斎や荻生徂徠を批判する立場をとった。のち摂津池田の田中桐江の呉江社に参加し詩を学んでいる。著作はほかに『律略』『楽律考』など。