●ドミティアヌス
ヨーロッパ ヨーロッパ AD51
51〜96 悪帝として名高いローマ皇帝(在位81〜96)。ウェスパシアヌス帝(在位69〜79)の子で,兄ティトゥス(在位78〜81)についで即位した。生まれつき性格的に猜疑心が強く,治世当初から独裁者的傾向があったが,内政的には騎士身分を積極的に要職につけて,前代の放漫財政を立て直し,属州行政改善につとめ一定の成果を収めた。対外的には,ブルタニア総督アグリコラによるスコットランド平定に成功したものの,ライン=ドナウ戦線ではダキア人と不利な講和を余儀なくされた。宗教に強い関心をもち,ローマ宗教の再建につとめ,86年以来自らを「主にして神」と呼ばせた。古代キリスト教伝承では迫害皇帝とされるが,最近の研究では疑問視されている。治世後半は部下の裏切りにあって,側近にまで不信感をつのらせ,有力者を次々に追放または死刑に処して恐怖政治を行ったため,妃ドミティア=ロンギナまでもが加わった陰謀により暗殺された。元老院に憎まれ,死後彼の業績や法令は記録から抹殺され,暴君に加えられた。
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