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●ドミニカ共和国 ドミニカきょうわこく

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 西インド諸島ヒスパニオラ島の東半部を占める共和国。面積4万8,734平方km,人口558万人,首都サントドミンゴ。1492年のコロンブスの航海で発見され,スペインによる中南米植民地経営の拠点となる。1697年に西半部がフランス領,東半部の3分の2がスペイン領サント=ドミンゴとなって残った。原住民アラワク族は金鉱採掘などに酷使されて絶滅し,黒人奴隷が移入されて18世紀のさとうきびプランテーションの隆盛をみた。1795年バーゼル条約により全島がフランス領に代わったが,1804年のハイチ独立宣言後ハイチ黒人による侵入がつづき,イギリス・フランスの対立による不安もあって,1809年にこの地のスペイン人が反乱をおこしてスペインに再帰属し,1821年にはドミニカ住民による独立が宣言された。ところがフランスからの全島領有を主張するハイチ政府によって独立運動は翌年には鎮圧され,ハイチの圧政からの独立は1844年のファン=パブロ=デュアルテらによる第二次革命によってようやく達成された。しかし,そのあとも内乱とハイチからの侵攻が続き,1861〜65年スペインヘの再併合,1865年の独立回復,1916〜26年には借款協定違反と秩序回復を口実にしてアメリカの軍政下に置かれた。1930年に大統領に就任したラファエル=レオニダス=トルヒリョは,大型台風の被害を受けた首都の再建をはじめ,財政整備・産業振興・教育の普及などに手腕を発揮し,1961年に暗殺されるまでトルヒリョ独裁時代を築いた。強権政治体制によってアメリカ資本に従属した近代国家体制が整備された反面,トルヒリョ一族への富の集中をはじめとする貧富の差の拡大・言論の弾圧などの矛盾が増大し,1961年のクーデタとなった。1963年陸軍右派のクーデタ後,立憲制の遵守を求めるドミニカ革命が1965年におこり,内乱終結後は政情が一応安定しているが,国民経済はアメリカの経済援助に大きく依存している。

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