●富岡鉄斎 とみおかてっさい
アジア 日本 AD1836 江戸時代
1836〜1924(天保7〜大正13)外国でも高く評価されている南画家。京都の人。名は猷輔,のちに百錬と称した。鉄斎は号,ほかに鉄史・鉄崖などがある。少年のころから神官になることを志し,国学・儒学・詩文・仏典を学んだ。その一方で町絵師の大角南耕と窪田雪鷹に絵の手ほどきを受け,小田海仙に画論を学び,ウキタイッケイ※注1※に大和絵の画法を習ったという。勤皇の志士たちとまじわり,歌人蓮月尼の庇護を受けたことは有名。1861年,長崎に遊んで南画家の鉄翁や木下逸雲を訪ね,また長崎で親しく明清画をみて,南画・文人画の独習をはじめた。1876年5月に大和の石上神宮の少宮司となり,12月には和泉国の大鳥神社の大宮司に任命されたが,1881年に兄が死去したので辞職。翌年,母を養うため京都に居を移し,89歳で没するまでに数多くの優れた作品を残した。代表作には『不尽山頂全図』『武陵桃源図』などがある。帝室技芸員・帝国美術院会員をつとめた。
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