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●富岡製糸所 とみおかせいしじょ

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 群馬県富岡市に今も残る官営模範器械製糸工場名。1869年(明治2)ごろより計画され,1870年群馬県甘楽郡富岡に設置決定。総工費20万円をかけて完成。1872年操業開始。フランス人御雇技師ポール=ブリューナを雇い入れ,赤いレンガづくりの近代建築。西洋器械・手繰り車とともに文明開化推進の歯車といわれ,〈上州一ノ宮あづまやの二階,椅子に腰かけ,・か向うを眺むれば,あすこに見えるはありや何処だ。あれこそ上州甘楽郡,音に聞えし富岡の,あれこそ西洋の糸きかい〉とうたわれる。その責任者は尾高惇忠。自らの娘を呼んで,各地の豪農商・名資家の支持を行政的にとりつけて推進した。300釜,女工210余人。女工の技術伝習所の機能を果たす。1893年三井へ払い下げ,1902年,原合名会社へ譲渡され,1938年(昭和13)片倉製糸へ譲渡されたが,その前一時富岡製糸所となる。1939年正式に片倉へ合併。今も保存されている。まさに文明開化,殖産興業の産業遺跡の一つである。

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