●鳥羽僧正覚猷 とばそうじょうかくゆう
アジア 日本 AD1053 平安時代
1053〜1140(天喜1〜保延6)平安時代の天台宗の僧侶。源隆国の9子。園城寺法輪院に住み父隆国の才を受けて幼いころより飄逸の才をもち,仏門に入って東北院覚内大僧正を受け,仏法をならうとともに画技を修業し,画才を発揮した。四天王寺別当・鳥羽証金剛院別当・法成寺別当・園城寺長吏を歴任し,そのあいだ法橋・大僧正にすすみ,1138年(保延1)47代天台座主となり洛南の鳥羽離宮の護持僧となった。そして,証金剛院に住み,俗に鳥羽僧正と称するにいたった。僧正は,当時の政治が藤原貴族と一部僧侶によって,成立することに対し,また僧侶の参加によって成り立つことに対し相当批判視している。それが「鳥獣戯画」を描くことになり,その絵の内的表現は文化を裏からのぞき,貴族生活の飽満さと安逸淫蕩・退屈を苦々しく描き,生活の乱れや不始末を猿知恵のある権威をもつ僧が,民をごまかすため仏像をつくることなどを戯画化している。鳥羽絵はこれより生じた。
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