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●土断 どだん

アジア 中華人民共和国 AD 

 中国,六朝期の土地政策。土をもって断ずる,つまり流寓者をその生活本拠地の戸籍に付すること。4世紀,晋が南渡すると揚子江以北の民は,大挙して江南へ流入した。この結果,東晋期においては流亡者・無籍者が著しく増大し,それら無籍者を吸収した豪族勢力の強大化を招いた。このことは,必然的に国家による編戸把握の弱体化をひきおこした。このため,国家は編戸把握の弱体化に対する対応策を迫られることになった。この対応策こそが,東晋朝以降しばしば施行された土断政策である。東晋期土断は数度行われたが,代表的なものは,桓温により実施された庚戌土断(363)と劉裕による義煕土断(413)とである。庚戌土断は豪族の蔵戸を厳しく処罰して,ある程度編戸を増大させることに成功した。義煕土断は白籍を廃し,黄籍に統一し,税役附課の均一化をはかり,豪族勢力の削減を行った。以後南朝下においても,しばしば土断が行われていたことが確認されており,東晋南朝下において,編戸の把握政策として大きな役割を果たしていたことがわかる。

〔参考文献〕越智重明「劉裕政権と義煕土断」『重松先生古稀記念九州大学東洋史論叢』1957,九州大学東洋史研究室