●年寄 としより
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老人のことを年寄と呼ぶのは,古代から現代にいたるまでごく一般的用法であるが,このほか,年功および指導的立場にある者を年寄と呼称する例も広くみられる。室町幕府の中期以降では,評定衆と引付衆とが年寄と総称された。家老は,その家の年寄という意味である。江戸幕府の老中も当初は年寄と呼ばれていた。さらに政務見習に出仕した老中の子息のことを若年寄と称した。このほか,江戸幕府の大奥にも奥女中年寄・御年寄・中年寄などの役職があったし,町方には町名主を統轄する町年寄・惣年寄,村方には庄屋や名主の補佐役として組頭もしくは年寄が置かれていた。また商人のあいだに問屋場年寄・米相場年寄があった。宮座にも年寄という役をもったものがあるが,年寄と書いて“おとな”と呼ばれることが多い。相撲社会の年寄も,力士生活を退いた年功者・指導者の意であるが,年寄株という役職の権利は売買される慣行である。