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●図書館 としょかん

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【定義】文字や図などによって記録された知的文化財(図書・雑誌・レコード・映画フィルムなど)を収集・整理し,利用に供する社会的機関。

【語源】ビブリオテークはギリシア語に由来するラテン語ビブリア(本)とテケ(箱)の合成語で,本の保管場所を意味する。ライブラリーはラテン語のリブラリウム(本箱)に由来。図書館は『易経』(繋辞伝,上)を出典とする「河図洛書」の略である図書と館の合成語で,文庫に代わって明治以降用いられるようになった。現在では中国でもこの用語が用いられる。

【歴史】〔西洋〕意志の伝達に用いるシンボル(絵や文字)を共通化した人類は粘土板・亀甲・竹・木簡・樹皮・パピルス・羊皮紙などさまざまな材料に記録してきた。図書館を語源通り本の保管場所とすると,その起源は絵や文字の発生以降,文化の発祥時代にまでさかのぼることができよう。メソポタミア・エジプト・中国は古代文化発祥の地であり,宮殿や寺院内にすでに図書館類似の施設を有していた。考古学的に実証された最も著名な図書館は19世紀にイギリスのレイヤード卿が発掘したアッシリアの主都ニネヴェのアッシュルバニパル王の図書館である。発見された粘土板には歴代の王に関する記録や命令書などが楔形文字によって書かれていた。ギリシア時代を代表する図書館にプトレマイオス1世が設立したアレクサンドリアの図書館がある。この図書館は領有地のギリシア化のためにギリシア語文献の収集を第1の目的としていた。またアッタロス1世ペルガモン図書館はアレクサンドリア図書館と並び称せられるほどの蔵書があった。ローマ時代にはすでに公共図書館的なものがあったといわれる。中世に入るとキリスト教の教会が書物の保管場所や写本の作成所として重要な役割を担った。修道院はキリスト教関連のものに限らず世俗的な文献も集め,ギリシアの古典を後世に伝える橋渡しとなった。中世末期にはボローニャ・パリ・オックスフォードなどの大学が勃興している。これらの大学は図書館をもち,多くの学術文献を集めて修道院に代わって高等教育の中心となっていった。ルネサンスはヨーロッパがギリシアの古典を再発見したヒューマニズムの時代である。その中心となったイタリアではコシモ=ド=メジチがメジチ図書館を設立した。この蔵書は現在フローレンスのロレンシア図書館に受け継がれている。15世紀の中ごろグーテンベルクが発明した活字印刷はルネサンスが生み出した書物への渇望を満たすことになったが,印刷による出版量の増大は図書館に新しい技術を要求した。すなわち大規模な書誌の作成や大量の資料の選択・管理である。マザラン図書館のノーデが1627年に著した『図書館造りのための助言』は新しい出版状況に対応したもので,その後の図書館に大きな影響を及ぼした。16〜17世紀は近代科学が成立した科学革命の時代である。学会が設立され学術雑誌が刊行されるようになった。図書館員であると同時に優れた哲学者であり,さまざまな分野に偉大な業績を残したライプニッツは学術交流を準備する場として図書館を重要し,ノーデの精神を実践した。彼が図書館長をしていたウォルフェンビュッテル図書館は当時の模範的図書館であった。ベルリンのプロシア国立図書館などヨーロッパの大きな国立図書館が設立されたのも17世紀である。1789年のフランス革命は図書館にもはかり知れない影響を与えた。現在のフランス国立図書館の重要部分を構成する王室図書館は国民のものとなり,押収された文献は市立図書館や専門図書館の設立に寄与した。18世紀には大英博物館も誕生しているが,王室図書館が起源ではない。ハンス=スローンの個人コレクションの受け入れに始まり,コットンとハーレイ伯爵のコレクションが加わって成立したもので,これにジョージ2世の王室コレクションも加わった。アントニイ=パニッツィは「大英博物館のなかでもっとも創造的な人物」といわれ,大英博物館を世界有数の図書舘に仕立て上げると同時に,閲覧室と書庫の明確な分離をはじめ,著者名のアルファベット順目録の採用や印刷目録の刊行などほかの図書館にも大きな影響を及ぼした。その後同博物館は「ダイノザウルス」に喩られるほどに膨張したが,1973年大英博物館図書館を中心に国立科学発明参考図書館・国立科学技術貸出図書館・国立中央図書館・全英書誌協会・教育科学省科学技術情報局の機能の大部分を統合し,英国図書館として新たな歴史を歩み始めた。18世紀はまたヨーロッパにおいて学校教育が普及し,識字層が増大した時代である。イギリスでは産業革命を背景に人口増加と都市化が進み,中産階級はブッククラブや会員制図書館を設立して書物への要求を満たした。貸本屋もこの時代に発生しヨーロッパに広がっている。19世紀に入るとグラスゴーなどに職工学校図書館が設立され,1850年には税金によって維持される最初の公共図書館法が公布された。開設当初公共図書館は文化・教育機関というよりは,産業革命によって生じた労働者階級を道徳的に守る機関であるという見方もあった。アメリカでは1731年にベンジャミン=フランクリンがフィラデルフィア図書館会社を設立し,組合図書館が全国に広がった。1800年には現在世界有数の図書館の一つである米国議会図書館が設立されている。商工業の発展に伴い,これらに従事する若年の徒弟や商店員に対する教育機関として職工徒弟図書館や商工図書館が設立された。そして1854年ボストンに無料公開の公共図書館が誕生し,次々と同様の図書館が設立されていった。公共図書館の増加に伴って図書館員の全国的な組織である米国図書館協会が1876年に設立された。イギリスでは1877年に英国図書館協会が設立された。

〔日本〕固有の文字をもたなかったわが国は百済経由で伝えられた書物によって文字に接した。『古事記』によると王仁(わに)が来朝し『論語』10巻と『千字文』をもたらした。285年(応神天皇16)のことである。その後仏教が伝えられ,仏典の移入が増加していった。701年(大宝元)成立の大宝律令によって中務省には図書寮が置かれていた。図書寮は図書や経籍の保管を業務の一つとしていたが,図書館ではなかったといわれる。奈良時代には東大寺などの大寺院が建立され,仏書のほかに外典も収蔵した。これらを西洋と対比して寺院図書館とみることもできる。漢籍の普及につれて学問をよくする公卿も現れ,蔵書を公開する者もあった。その一人である石上宅嗣(いそのかみやかつぐ)の芸亭(うんてい)はわが国初の公開図書館とされている。菅原道真の紅梅殿も平安期を代表する公卿文庫である。9世紀には和気氏の弘文院や藤原氏の勧学院など氏族の子弟教育のための学寮が設立され,書物を備えて学生たちに利用させていた。これに対して空海の綜芸種智院は庶民の子弟を対象としていた。しかし公卿文庫も学寮も個人や氏族の盛衰と運命をともにして永続性はなかった。鎌倉時代には関東に著名な武家文庫が出現している。北条氏の金沢文庫(現神奈川県立金沢文庫)と足利学校(現足利市立足利学校遺跡図書館)である。足利学校の創建については諸説があって確定してはいないが,鎌倉時代にはすでに存在し,室町時代に関東管領上杉憲実が一門の子弟教育の施設として再興したといわれる。鎌倉時代末期には五山版のような仏教以外の内容で仮名混りの書物が版行されるようになった。安土桃山時代には西欧式印刷機や朝鮮の銅活字がもたらされ,銅活字やそれを模した木活字によっても版行された。これらを総称して古活字版という。しかしその後活字印刷はわが国では定着せず,旧来の木版印刷(整版)によって江戸時代の出版文化が開化することになる。徳川家康は儒教に基礎を置く文治政策を執り,将軍職を秀忠に譲って駿河に移ってからは,林羅山を用いて出版事業を行い城内に駿河文庫をつくった。家康の死後この文庫は解体されたが,江戸城内の紅葉山文庫に移されたものは現在国立公文書館内閣文庫に保存されている。これらの文庫は公開されたものではなかったが,家康の事業が諸大名に及ぼした影響は大きいといわれる。代々の将軍も学問を奨励したので,幕末までにはほとんどの藩で藩校が設立された。また幕府は昌平板学問所や塙(はなわ)保己一の和学講談所に財政的援助を与えて多くの学生を集めた。保己一は全国から多数の書物を集め『群書類従』などの編纂を行った。講談所の文庫は保己一の号から温故堂文庫とも呼ばれる。世の中が安定し出版が商業的に成立するようになると,かつて特権階級や富有者だけの占有物であった書物が庶民のレベルにまで手が届くようになり,民間の蔵書家も現れた。板坂卜斎の浅草文庫・青柳文蔵の青柳館文庫・竹川竹斎の射和(いさわ)文庫などは一般にも公開されていた。仮名草子・浮世草子・人情本などの版行や寺小屋の発達と貸本屋の普及はますます書物を庶民の身近なものにした。西洋との比較でいうと,江戸時代にはすでに公共図書館発生に下地はできていたとする興味ある見方もあるが,明治維新を迎えたわが国は欧米先進国を模範にして近代図書館への道を歩むことになった。維新に先立つ1866年(慶応2)に刊行された『西洋事情』の初篇のなかで福沢諭吉は,簡潔にして要を得た西洋の図書館事情を紹介している。『丸善百年史』によると『西洋事情』の発売部数は20万から25万部に上ったとのことであるから,その影響の大きさが窺い知れる。1871年(明治4)から1873年(明治6)にかけて岩倉具視ら明治政府の一行は,不平等条約の改正と西洋文物の視察のために欧米各地を歴訪した。『特命全権大使米欧回覧実記』によると一行は大英博物館・フランス国立図書館・フィラデルフィア図書館会社・ペテルブルクの国立図書館(現サルトゥィコフ=シチェドリン公共図書館)を訪問している。これらの見聞記や米欧視察団に随行した田中不二麻呂の報告書やお雇い外国人による建言などは,政府の政策に影響を及ぼしたであろう。1872年(明治5)政府は湯島聖堂にわが国初の国立図書館である「書籍館」を設立した。「書籍館」はその後所管や名称を変えながら,1897年(明治30)帝国図書館となり,第二次世界大戦後の1948年(昭和23)国立国会図書館に統合された。帝国図書館の歴史については『上野図書館八十年略史』が,国立国会図書館については『国立国会図書館三十年史』がある。一方近代公共図書館の系譜を辿ると,新聞発行が盛んになるにつれて発生した明治初期の新聞縦覧所や京都の書籍院および各地に設置された書籍館に行きつくことができるが,これらの施設はいずれも地域に根づかず短命であった。その後教育会による図書館経営が行われ,今日の県立図書館の源流となった。1892年(明治25)には日本図書館協会の前身である日本文庫協会が結成され1899年(明治32)には図書館令が公布された。1906年(明治39)第1回全国図書館の開催,1921年(大正10)文部省図書館教習所開設,1933年(昭和8)には改正図書館令公布と体制を整えていったが,“無料公開・開架式書架・館外貸出し”といった近代公共図書館の理念を実践するには,さらに1950年(昭和25)の図書館法の成立を待たねばならなかった。『図書館年鑑』の1984年(昭和59)版によると1983年(昭和58)現在の公共図書館の総数は1,487館で,内訳は都道府県立が74,市区立が998,町村立が379,広域市町村圏が2,私立が34である。全体の蔵書冊数は約9,700万冊,年間受け入れ冊数は約930万冊である。市区町村立図書館の動向をみると,1967年の館数697,蔵書冊数1,430万冊,年間収集冊数100万冊が1983年にはそれぞれ1,379館,7,655万冊,950万冊となった。欧米の水準からするとまだまだ決して高い数字とは言い難いが,この間の公共図書館の伸びには著しいものがある。これは日本図書館協会が中小の公共図書館の位置づけと在り方を明らかにするために取り組んだ報告書「中小都市における公共図書館の運営」(略称中小レポート)の影響が大きい。このレポートを境にして公共図書館は館内閲覧中心から貸出しを中心とする館外サービスへの脱皮をはかることになった。

【図書館の機能】現代の図書館には利用者の調査・研究・学習・娯楽などに対する資料や情報の提供や人的援助が求められている。これらの要求を満たすために図書館は資料の収集・整理・保管・貸出し・レファレンスなどの機能を果たさなければならない。[1]収集は購入・寄贈・交換の方法によって行われる。収集にあたっては利用者の要求を把握することと各図書館にふさわしい系統的な収集が必要であろう。[2]整理は収集された資料が書架に納められるまでに施される一連の作業で,目録や分類作業などがある。これらの作業は一定の規則に従って行われ,わが国の標準的な規則には日本目録規則や日本十進分類法がある。整理業務によって作成される目録類により,利用者は著者名・書名・分類・件名の各方面から資料を検索することができる。[3]保管は利用にいつまでも応じられるように,書庫あるいは書架に一定の規則にもとづいて排架することと資料の状態を良好に保つ機能を含む。[4]貸出しは一定の期間館外へ資料を持ち出して利用し返却するまでに伴う一連の業務。公共図書館では貸出しを重視し,ブックモビル(自動車図書館)などの移動図書館によって管内の隅々にまで資料を運び利用に供している。館内での利用に限る場合でも同様の業務がなされるが,その場合には閲覧業務という用語が用いられる。[5]レファレンスは利用者に対する情報や資料の提供あるいは検索手段の案内などの人的援助である。図書館資料を積極的に利用するレファレンスは貸出しとともに近代図書館を特徴づける機能である。参考業務や読者相談という用語が用いられる場合もある。今日図書館の人的援助で看過できないのがレフェラルサービスである。大量の出版物や情報が流通する現代にあっては,一つの図書館で利用者の要求をすべて満たすことは不可能になってきた。利用者の要求にふさわしい図書館の類縁機関や最寄りの図書館を紹介することによって,利用者の受け取るサービスは満足度の高いものとなろう。類縁機関には行政に関する文書を保管する公文書館・郷土資料館・博物館・情報センターなどが該当する。レファレンスもレフェラルサービスも来館者だけでなく,電話や郵便によっても行われており,通信回線を利用したファクシミリの活用も考えられている。

【図書館の種類】図書館は設置母体によって国立図書館・公立図書館・私立図書館に,利用対象別に国立図書館・公共図書館・学校図書館・大学図書館・専門図書館・特殊図書館に分類することができる。[1]国立図書館は通常図書館を援助する図書館と考えられており,国内出版物の網羅的収集・全国書誌の作成・基本的な外国出版物の収集などの機能を有する。網羅的収集の手段として法律による納本制度がある。法定納本には有償納本と無償納本があり,わが国で唯一の納本図書館である国立国会図書館では有償納本が採用されている。無償納本の場合には納本によって著作権が生じる国もある。[2]公共図書館は児童を含む一般公衆の調査・研究・教養・学習・娯楽に対して資料や情報提供を目的とする。郷土資料を保管したり視覚障害者に対する録音サービスや対面朗読サービスをしている館も多い。[3]学校図書館は児童や生徒の学習のための資料援助や娯楽のための読書相談に応じたり,図書の貸出しを行う。また職員の授業のための資料的援助を行う。児童や生徒にとってこの年齢期に獲得する読書能力は大変重要であるといわれており,学校図書館や公共図書館の果たす役割は大きい。[4]大学図書館は教育機関であると同時に研究機関である大学の二つの機能が円滑になされるサービスが要請される。また欧米ほどではないが,調査・研究を目的とする一般公衆に対しても閲覧や複写サービスに応じている。[5]専門図書館は特定の主題に関する資料を収集・蓄積し,調査・研究のための資料や情報提供を行う。さまざまな方面から目的とする資料にアクセスできるように翻訳やコンテンツシートサービスを行う。専門図書館には政府機関に付設された図書館・地方議会図書館・民間企業の資料室などがある。専門図書館では資料収集が特定の分野に限られるため相互協力が重要であり,1952年(昭和27)には専門図書館協議会が設立された。[6]点字図書館 視力障害者を対象とし点字・録音・拡大図書を提供する。中途失明者の増加や録音機器の発達に伴い,近年では録音図書の需要が増している。わが国には,日本点字図書館を初め92館がある。[7]特殊図書館 一時的に特殊な環境下に置かれた利用者を対象とし,病院図書館・刑務所図書館・船員図書館等がある。5〜6の館種が専門図書館と区別されるのは,資料の収集が特定の分野に限定されず,公共図書館的性格を有することである。

【図書館界の状況】(出版物の利用)“どこにいても,誰にでも”出版物が利用できるようにするために国際的なレベルでは国際図書館協会連盟(IFLA)がユネスコの協力を得て,世界書誌調整と出版物の世界的な入手利用の運動を展開している。これらの実現のためには各国が国内で刊行される出版物を網羅的に収集し,出版物の情報を機械可読型で調整したり国際標準図書番号(ISBN)や国際遂次刊行物番号(ISSN)を採用することが必要であり,ユネスコでは全国情報システムを勧告している。

(図書館協力)ハースはアメリカにおける図書協力として,[1]ニューイングランドの五つの大学図書館のようにあたかも一つの図書館であるかのように活動する種類,[2]スタンフォード大学のリサーチ=ライブラリーズ=グループのようないくつかの機関が一緒になって新しい組織をつくる種類,[3]オンライン=コンピューター=ライブラリー=センター(OCLC)のような加盟館が組織した機関からサービスを買う種類,[4]州立図書館がその州内のすべての図書館に対してサービスを提供する種類,[5]米国議会図書館が作成する全国総合目録への協力のような種類をあげている。大量の出版物や情報の流通により,一つの図書館だけで必要な資料を収集することは困難であり,“図書館資源”という考え方からも図書館協力は重要な課題である。

 (図書館と著作権)複写による資料提供は今日では図書館サービスの重要な位置を占めている。複写に際しては著作権法の規制を受けるのであるが,学術図書や雑誌の価格の高騰そして売れ行き不振の悪循環の原因の一つにこの複写サービスがあげられている。わが国においても複写に対して一定の料金を徴収しようとする動きがあるが,事務手続きが煩雑など難問が多い。また諸外国では公貸権も問題となっている。“The Librarians Glossary”第4版によると公貸権を〈公共図書館が貸出した図書に関して,その著作者に支払われる国家的補償〉と定義している。北欧で長年にわたって実施されイギリスなど実施検討中の国もあるが,わが国では複写の場合ほど差し迫ってはいないとされている。

 (学術情報の流通)世界最大の抄録誌であるの1983年の年間収録数は約45万件である。膨大な量の出版物から目的の資料を探し出すために,文献情報をデータベース化してオンラインで検索されるようになった。現在稼動中の大規模なデータベース=システムには検索した資料をオンラインで発注し,バックアップ図書館が依頼者に資料を郵送するという国際的なシステムがある。将来的には学術文献を記録密度の高い光ディスクに蓄積し,全文検索する試みもある。

 (保存)劣化し易い酸性紙を使用した図書は寿命が短く,各国で問題となっている。その対策として国内出版物を半永久的に保存する義務を有する国立図書館では,マイクロ化や脱酸化の試みがなされている。また中性紙の使用も考慮されなければならない。

〔参考文献〕石井敦・前川恒雄『図書館の発見』1973,日本放送出版協会

小野泰博『図書および図書館史』1978,雄山閣

岡田温『図書館』1980,丸善

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