●都市生活型公害 としせいかつがたこうがい
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新しい公害ともいえるこの都市生活型公害は[1]自動車等の交通公害,[2]近隣騒音,[3]生活雑排水による河川・湖沼の汚染,[4]空缶をはじめとする生活廃棄物など,公害の多様化・複雑化が進むにつれて,公害がさらに治療の困難な“全身症状”に転化しつつあるという認識が必要である。公害対策基本法は,公害が現実に著しい地域,および人口・産業の急速な集中により公害が著しくなる恐れのある地域について,内閣総理大臣が都道府県知事に対し,公害防止計画の策定を指示すると定めている。
かつての熊本県の水俣病や四日市ぜんそくなどに代表される産業型公害から,現代の都市生活型公害すなわち[1]自動車等の交通公害や[2]近隣騒音,[3]生活雑排水による河川・湖沼の汚染,[4]空缶をはじめとする生活廃棄物などは前述したとおり,いやそれ以上に最近では事態が深刻化するとともに,実際的に対策がより困難化しつつあるのが現状である。このような新しい環境問題に,国の環境政策のカナメである公害防止計画の現状が,対応できなくなりつつあるという視点が必要である。
中央公害対策審議会の防止計画部は,これに対して1982年(昭和57)6月に,新事態に対応する公害防止計画のねり直しを望み,[1]湖沼や海域の富栄養化,交通公害,廃棄物問題を積極的に取り上げる。[2]財政難のもとでも,目標達成のため事業費を優先配分する。[3]都市公害対策には,土地利用対策が不可欠であるという意見を,当時の環境庁長官に提出した。
たしかに,1980年代に入ってから,これまでのような産業活動が原因となっている環境負荷は,緩和しつつある傾向が認められる。しかしながら他方では,都市に対する負荷は,人口の都市集中化や経済のサービス産業化の結果,増大する傾向がみられる。都市では,水質汚濁や大気汚染以外に,ゴミ処理の公害問題とか,交通の拡大化に伴う振動や騒音などの諸問題が山積しつつある。騒音におかされている人口比率は日本がとくに高いと,OECD(経済開発協力機構)の資料も指摘したという事実があった。中流という生活意識の均一化した人々が増え,物的な豊富を望む都市生活のパターンが全国に拡大するとともに,都市で生活する人々は,汚染の発生源としての加害者でありながら,同時にその被害者であるという論法で,都市生活型公害の責任を,個人の都市生活者に転化しようとする傾向が一部に存在する。しかしながら,どのようにいっても,都市生活型公害は主として新しい顔をした産業公害と一般公害であるという事実に変わりはない。
環境庁は,1987年(昭和62)年度から,新しい公害防止計画を実施しようとしているが,しかし都市生活型公害の防止と根絶は,非常に困難な問題である。5年間で環境基準を達成することを目標にして,公害防止計画は作成され,1983年(昭和58)度は,全体で2兆円という巨大な事業費が含まれていた。
それにもかかわらず,水島や四日市の第1次地域を筆頭に,東京・大阪などの26地区では,これまでに2回も計画をねり直し,10年以上も公害防止のため必死の努力と対策とを重ねながら,今日でも“公害の著しい地域”から除外されるというメドすら立たないという,情けない状況である。
第5次地域の公害防止計画の策定にあたって,印旛沼・手賀沼の水質汚染に四苦八苦している千葉県内で対象地域を拡大する一方,いまだに光化学オキシダントなどの環境基準が達成できないままに,北海道の苫小牧や愛媛の東予地区を,環境庁が公害防止計画の対象から思いきってはずしたのは,事業費の増加がむずかしい状況のなかでの苦しい選択であった。要するに,都市生活型公害は複雑化する一方である。したがって公害防止計画の再検討にさいして,公害の状況は,〈深刻化,複雑化している〉(中公審意見)ことを再認識する必要がある。