●都市計画 としけいかく
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都市計画は,都市のあるべき未来の姿を目標として設定し,その目標実現のために最適の手段・方法を系統的に組み立てたものである。したがって,都市計画は単に道路や公園などの都市的な施設整備のための「物的計画」にとどまらず,都市を取り巻く郊外や周辺農村部まで含めた広域を対象区域とし,社会・経済・行財政計画などの「非物的計画」も含む居住環境の総合計画と考えるべきである。わが国では,戦後しばらく「物的計画」そのものが都市計画とされ,現在も基本法である「都市計画法」を中心とする系統的な法制の裏付けをもち,市街地整備に重要な役割を果たしている。しかし,昭和30年代に大都市で顕著になった都市域の広域化がその後全国の主要都市に及び,これらの広域化した都市域を対象として「非物的計画」も含む総合的な都市計画が,地方公共団体の長期計画等のなかに登場するようになった。しかし,このような広域を対象地域とする総合的な都市計画のための総合化の方法論がまだ確立されておらず,含まれる計画内容は広範多岐にわたり,必ずしも体系化されてはいない。したがってここでは広義の都市計画においてもいぜんとしてその中核であり,基本法である「都市計画法」にもとづいて策定・実施されている「物的計画」としての都市計画を中心に述べる。【都市計画の歴史】都市計画の歴史は都市の発生とともに始まったことが,メソポタミアのウルやバビロンなどの例からも明らかである。さらに古代ギリシアやローマの都市国家の現存する遺構から,その内容も明らかになっている。これらの歴史的な都市計画の事例によれば,当時の都市計画の目的は,外敵や悪疫の防御,自然災害の回避,政治・宗教などの中心としての権威の誇示,あるいは産業や文化などの諸活動の促進など,さまざまな目的をもっていた。わが国でも最初の都市とされる平城京や平安京は,まさに,政治的な権威の誇示を目的として都市計画による町づくりが行われた例である。その後も豊臣秀吉の京都の改造・江戸の大規模な町づくりをはじめ,各地の城下町でも計画的な町づくりが行われているが,これは,当時すでに全国的に都市への人口・産業の集中が進み,計画的な町づくりが社会的に要請されたためである。近代的な都市計画の手法が初めてわが国へ導入されたのは,1889年(明治22)の「東京市区改正条例」の制定とされるが,1919年には,その後戦前・戦後の約半世紀にわたり日本の町づくりの基本法となった「都市計画法」が制定された。しかし,戦後,経済の高度成長に伴う無秩序な都市の拡大のために全面的な改訂が必要となり,1968年に土地利用の確立・開発行為の規制を柱とする新「都市計画法」が誕生した。一方,昭和30年代に深刻化した3大都市圏の過大化解決のため,総合的都市計画の性格が強い「非物的計画」である首都圏整備計画などの大都市圏計画が相次いで策定されている。
【都市計画の内容】現行の「都市計画法」にもとづくわが国の都市計画の骨子は,[1]対象都市区域の総合的な土地利用計画の策定,[2]規制と誘導による土地利用計画の実施,[3]必要な都市施設の配置を決めること,および各種都市計画事業の推進をはかること,の3点からなる。具体的には,[a]都市計画が行われる区域を合理的な基準にもとづき設定すること,[b]市街化区域と市街化調整区域を定めること,[c]地域地区を決めること(地域地区とは,都市における土地利用の全体像を具体的に示すもので,おもなものに,(白丸イ)用途地域(住居地域・工業地域など)・(白丸ロ)用途地区(文教地区・防火地区・容積地区など)がある),[d]都市施設として必要なものを定めること,[e]市街地開発事業として必要なものを定めること,などである。
【関連諸法】都市計画法は基本法であり,個々の事業の実施や規制・誘導などは別の法律にもとづいて行われている。そのおもなものとしては,[1]土地利用計画にかかわるもの 建築基準法・国土計画法・土地収用法など,[2]都市施設などの整備にかかわるもの 下水道法・都市公園法・河川法など,[3]市街地の開発・整備にかかわるもの 土地区画整理法・都市再開発法・新住宅市街地開発法・都市基盤整備法などがある。