●土佐光起 とさみつおき
アジア 日本 AD1617 江戸時代
1617〜91(元和3〜元禄4)江戸時代前期の土佐派の絵師。土佐光則(1583〜1638)の子。1654年(承応3)宮廷絵所預となり,土佐派を再興,大和絵の主流派であっただけに,狩野派と対抗してその画風を守った。光起はのち落髪して法橋常昭と号し,法橋となる。保守的な土佐派に,狩野派の画風をとり入れ,新様を創造することによって土佐派をリフレッシュしている。代表作は「北野天神縁起絵巻」「大寺縁起絵詞」(開口神社蔵)と考えられる。彼は土佐光信・光茂・光吉・光則の伝統をつぐ土佐派の正統の継承者である。光吉の子住吉広通が住吉派をたてたが,大和絵の正統は土佐派中心に展開する。父光則は,武部と称し晩年京に帰り,御年扇・御日扇を宮中に献じ,細密画をつくり「人物禽虫画冊」「源氏絵屏風」に才を発揮した。それに対し光起は土佐派の革新派である。上記のほか「厳島松島図屏風」(徳川義親所蔵)・「秋草栗鶉国」(知恩院所蔵)・「薄鶉図」(国立博物館蔵)などの名品を残している。