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●独立協会 どくりつきょうかい

アジア アジア AD 

 日清戦争後の朝鮮ではイギリス・ロシア・日本などに鉱山採掘権・鉄道敷設権など次々に利権を奪われ,国内では官僚の対立が絶えなかった。1896年には保守派の人々は,ロシアの軍艦からロシア兵をソウルに引き入れ,国王を脅迫してロシア公使館にかくし,親ロシア内閣をつくった。この危機に直面してアメリカ亡命から帰った徐載弼尹致昊や李高在にはかり,20数名の会員を集めて,1896年独立協会を組織した。彼らは国民に自由主義と民主主義思想を宣伝し,ロシアと日本に反対して,アメリカの了解のもとに朝鮮の独立を達成しようとした。そのため,「独立新聞」を発行したが,これは朝鮮文字で書かれた最初の新聞であり,高級官僚だけでなく,一般民衆にも大きな影響を与えた。1898年には京城(ソウル)で1万人集会を開き,ロシア顧問団の撤退・朝鮮の独立・民権の伸張を決議した。このためロシア顧問団も引き揚げざるをえなかった。親ロシア政府の弾圧を受けて1899年解散させられたが,大衆を煽動して独立運動を展開したところに大きな歴史的意義があった。