●徳田秋声 とくだしゅうせい
アジア 日本 AD1871 明治時代
1871〜1943(明治4〜昭和18)小説家。本名末雄。金沢に生まれる。加賀藩の家老横山家の家中の三男。第四高等中学(金沢大学の前身の1)中退。1895年(明治28)の2度目の上京で博文館に職を得て,尾崎紅葉の門に入ることも許された。翌年8月「文芸倶楽部」に『藪かうじ』を発表して認められ,泉鏡花・小栗風葉・柳川春葉とともに紅葉門下の四天王と呼ばれるようになっていくが,秋声がその本領を発揮するようになるのは,1903年(明治36)の紅葉没後,自然主義の時代に入ってからである。まず『新世帯』(1909)で酒屋の若夫婦の人生を描き,翌年『足迹』,さらに『黴』(1911)で妻や自身の閲歴をたどり,自然主義の代表的作家となった。大正期に入って『爛(ただれ)』『あらくれ』(1915)等があり,昭和期には『仮装人物』のほか,軍部の圧力で中断した名作『縮図』(1941)がある。〔参考文献〕野口冨士男『徳田秋声伝』1965,筑摩書房
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