●独ソ不可侵条約 どくソふかしんじょうやく
ヨーロッパ ドイツ連邦共和国 AD1939 第三帝国
第二世界大戦勃発直前の1939年8月23日モスクワを訪れたリッベントロップ=ドイツ外相とモロトフ=ソヴィエト外相のあいだで調印された取決め。締約国の一方が第3国から攻撃された場合他方が中立を保つことを定めたものである。しかし反面ふつうみられる一方が第3国を攻撃した場合他方の中立義務を解消する“免責条項”を欠いていること,さらにポーランド・バルト3国・ルーマニアの一部に関する勢力範囲を定めた秘密付属議定書が存在したとされていることから,ソヴィエトはこの条約によってドイツの侵略を促進したと非難されたが,他方ソヴィエト側はミュンヘン協定に代表されるようなイギリス・フランスの対ドイツ宥和政策にこそ最大責任があると応酬している。イデオロギー的にまったく相容れないこの両国の突然の提携は世界中に大きな衝撃を与え,日本で防共協定に反する行為として平沼内閣が倒れ,一時的に“ドイツ熱”が幾分冷却化した。
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