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●徳政 とくせい

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 鎌倉・室町時代に幕府が債権債務の破棄を命じた行政措置。鎌倉中期になると,幕府御家人の経済状況は惣領制による分割相続と貨幣経済の進展などによって弱体化し,さらに2度にわたる元寇によって御家人の軍事的経済的負担は増大し,生活は窮乏化した。このため御家人のなかには所領を質入れし,売却する者があって幕府体制に危機を招くことになった。そこで幕府は1297年(永仁5)3月徳政令を発した。越訴の厳禁,御家人所領の売買,入質・質流しなどの禁止,債務者が御家人の場合,20年未満のものはもとの者に,非御家人凡下の場合には20年以前のものでも無償で還付する。また質物を土倉に入れた場合のほかは,その利銭に関する訴訟は受け付けないなどとした。こうして御家人の窮乏を一時的に救済できたが,経済界は混乱し,御家人の金融はとざされたので,幕府は翌年御家人の質入れ禁止を解除した。室町時代に入って土一揆の強請にあい,徳政令を出し,将軍義政のときには13回にもおよんだ。この措置は近世に入って棄捐令という形で行われた。