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●徳川秀忠 とくがわひでただ

アジア 日本 AD1579 室町時代

 1579〜1632(天正7〜寛永9)江戸幕府2代将軍。徳川家康の3男。1587年(天正15)元服。1600年(慶長5)の関ケ原の戦いでは,東山道から西上したが,信州上田で真田昌幸に阻まれて,合戦に間に合わず家康の怒りを買ったが諸将の取りなしで許された。将軍継嗣をめぐって兄結城秀康を推すむきもあったが,本多正純らの推挙で,1605年(慶長10)将軍に就任した。

 しかし,家康はいぜんとして政治の実権を掌握しており,大坂の陣・豊臣氏の滅亡,武家諸法度禁中並公家諸法度・諸宗寺院法度なども秀忠よりも家康の意図によるものである。1616年(元和2)の家康の死後,彼の遺命を守って幕藩体制の強化にあたった。武断政治を行い,1619年(元和5)広島城主福島正則を武家諸法度違反のかどで所領50万石を没収し信州川中島へ捨扶持4.5万石で移したり,1622年(元和8)に宇都宮城主本多正純を改易したことが注目される。1623年(元和9),将軍職を家光へ譲り,翌年江戸城西丸へ隠居した。