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●徳川斉昭 とくがわなりあき

アジア 日本 AD1800 江戸時代

 1800〜60(寛政12〜万延1)第9代水戸藩主。初名は紀教(はるのり),字は子信(ししん),景山(けいざん)あるいは潜龍閣(せんりゅうかく)と号した。幼名は敬三郎。1829年(文政12)兄斉脩(なりのぶ)の後を継いで藩主となり,就任早々から藩政改革(これを水戸藩の天保改革と呼ぶ)に着手。その重点政策は,全領検地の実施,異国船の侵入に備えての防備体制の確立,藩校弘道館郷校の建設,社寺の改革であったが,改革を喜ばない門閥派の反対を受けて失政の責任を問われ,1844年(弘化1)幕府から藩主を解任され,謹慎を命じられた。このため士民のあいだに無実を訴える雪冤運動がおこり,また幕府の内部事情もあって間もなく謹慎を解かれ,ペリー来航を機に幕府の海防参与になった。しかし将軍家定の継嗣問題と日米通商条約の調印をめぐって井伊大老と対立,このため1858年(安政5)幽居を命じられ,幽居中に水戸城中で急死した。諡号を烈公という。

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