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●徳川綱吉 とくがわつなよし

アジア 日本 AD1646 江戸時代

 1646〜1709(正保3〜宝永6)江戸幕府における5代将軍である。3代将軍であった徳川家光の4男であって,母(桂昌院)は本庄氏である。綱吉は4代将軍だった家綱の弟である。幼名は徳松といい,院号は常憲院である。1651年(慶安4)4月に,賄料として10万石の地を給せられ,同年10月には上野国の館林に15万石を与えられた。1653年(承応2)元服するとともに,名を綱吉と改めている。将軍家綱の養嗣子に1680年(延宝8)なって,江戸城二の丸に入った。家綱が死去すると,本丸に同年7月に移り,7月18日35歳の時に将軍に就任した。学問を盛んにすすめ,湯島に聖堂を建てて幕府の直轄とするなど,文治政治に傾倒した。1684年(貞享元)柳沢吉保に政治の実権をまかせた。1687年1月,綱吉は,牛馬について生類憐みの令を出したのが初めで,庶民から“犬公方”とあだ名され,うらみを買った。