●戸隠信仰 とがくししんこう
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長野県北部に位置する戸隠山に対する信仰。古代・中世には修験道の山としても知られている。縁起によると学門行者によって開かれたとされ,11世紀末には今日みるような奥社・中社・宝光社という3社が成立している。中世には両界曼陀羅と観念され,西岳の西光寺を中心とする真言系修験,顕光寺を中心とする天台系修験が存在し,戸隠修験3,000坊と称される勢力を誇っていたが,中世末に両派の抗争によって天台系一色となった。1617年(慶長17)幕府より1,000石の朱印地が与えられ,本院・中院・宝光院の3院合せて53院が一山を構成するとともに,信濃の天台系寺院を支配することになった。また本坊・師家(御師)・配下の山伏という関係を機軸として中部・関東・東北と広範囲にわたって信仰圏を形成しているが,戸隠信仰の基調には地主神として九頭龍権現が祀されていることでも明らかなごとく,水神を祀る山,水分の山という信仰がある。