●同齢感覚 どうれいかんかく
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同一地域内,また濃い親族間における同齢者のあいだに,もたれる特別の感覚をいう。とくに,同齢者の死の場合に顕著に窺われる。すなわち,耳塞ぎ餅の習俗が,これである。たとえば,会津では,同じ村の人が死ねば同年輩の者のある家では,耳塞ぎ餅とて餅を搗いて食べ,一部を耳におしあてて川へ流す。これは同年の子どもが死んだとき,子どもの多くやることである。饅頭・餅菓子などで代用することもある。また,甲府の付近では,近所におのれと同じ年の者が死ぬと,年違(としたが)い豆と称して豆を炒り,自分も食し,また隣近所の子どもにも遣って食べてもらう。こうすると,死の厄を免れるといっていた。同年の者の死には,じんじんと年鐘が鳴るという。四国の祖谷山中では,同年者の訃を聞くと,〈エエ耳や聞いても,悪い耳は聞く〉」と唱え言をして,鍋の蓋と薬缶の蓋で両耳を塞ぐ。これをミミツブリといい,同年者の死には,野辺送りにもついて行かない。以上のような,耳塞ぎ餅の習俗が全国各地に行われていたが,とくに,同年の子どもが死んだときにするという土地が多い。これは,同年者,ことに,子どもの場合には,死者の力が及びやすいと考えられていたからであろう。同年の者同士の交渉は,若い者ほど繁く,平素一緒に遊び,共同でことをする機会が多かった。したがって,一人が死ねば,その影響は他に及ばずにはおかないというように,同一の運命共同体にあるという観念が強かったからであろう。耳塞ぎや年違(としたが)えのことは,古く,「看聞御記」「御湯殿の上の日記」「実隆公記」「華頂要略」などに,みられることも指摘されている。以上のように,同齢感覚は,同年の死の場合に,最も顕著にみられるが,出産・年祝い・婚姻の場合にも,同様に忌み合う。すなわち,同年者は祝い負けするといって,アイドシの者は年祝いの贈答もせず,祝いにも行かない。また,結婚のときも行き来せず,オナイドシに子が生まれても,お互いに祝いあわないなどの習俗がみられる。このような同年者の祝い負け,忌み合う風習がみられる一方では,同齢者同士が,とくに親しく結合し,たがいに協力しあう同年会や同年講という同齢結合を示すところもある。すなわち,鹿児島県出水郡大川内村(現,出水市)では,村単位に同年講が結成され,講員が死ぬと同年講として旌旗を贈ったりする。佐賀県厳木村の同年会は,村内の者15歳以上の者で結成され,年に1回,正月中に集合して祝宴を開く。会員が死ぬと,各自が直ちに柄杓に水を入れて柄の方に口をつけて飲み,野辺送りには一同が参加する。この厳木村の例をみると,同年者の野辺送りに参加するが,その前に死を聞くと,すぐに柄杓の柄から水を飲むという,同年者の死を忌み避ける呪いを行っているのが注目される。〔参考文献〕大藤時彦「耳塞餅」『日本民俗学のために』第6輯,1957
柳田国男『葬送習俗語彙』1975
平山敏治郎「耳ふさぎ史料」井之口章次編『葬送墓制研究集成』2,1979,名著出版
瀬川清子「同齢感覚」柳田国男編『山村生活の研究』1975
大間知篤三「同齢習俗」『神津の花正月』1943,六人社