●東方見聞録 とうほうけんぶんろく
ヨーロッパ イタリア共和国 AD
イタリアのヴェネツィア人,マルコ=ポーロ(1253〜1324)が17歳のとき,父ニコロ・叔父マフェオらとともに,陸路小アジア・イラン・トルキスタンをへて,1275年(至元12)に上都にいたり,元朝の世祖フビライの厚遇をうけ,政務に参加しながら17年間中国の各地を旅行した。1292年,イル=カン国に嫁ぐ王女を送り,泉州を出発し海路東南アジア・インド洋をへてペルシア湾にいたり,陸路バグダード・黒海沿岸からコンスタティノープルをへてヴェネツィアに帰る。その後,ジェノヴァとの戦いに参加し,捕えられジェノヴァの獄中での口述をルスティロが記述した。この書の正しい名称は『世界の記述』である。中国への往路・国内旅行・帰路の寄港地の3部分からなり,豊富な見聞とその具体的記述は,元朝下の中国事情を知る重要資料である。日本をジパングの名で〈黄金の島〉として西欧に紹介し,15世紀からの世界の大航海時代の幕開けをした書である。
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