●道武帝(北魏) どうぶてい
アジア 中華人民共和国 AD371
371〜409(建国34〜永興10)。在位386〜409(登国1〜永興10)。北魏王朝の建設者。本名は拓跋珪,諡(おくりな)は道武帝,廟号を太祖という。鮮卑の一部族であった拓跋部は3世紀半ばより台頭し,祖父のときに代王を称したが,378年(建元14)前秦の苻堅に攻撃され没した。当時6歳であった帝は,一時有力部族のもとに身を寄せていたが,383年(建元19・太元8)苻堅が東晋を討ってヒ※注1※水で大敗すると急に支配が弱まったので,モンゴル南部で旧民を統合して代王の位につき,盛楽に都を定め,国号を魏と改めた(386)。以後,近隣の諸部族を平定し,391年(登国6)匈奴劉衛辰を攻めてオルドスを奪って領土をひろげ,396年に帝を称し,皇始と改元した。ついで慕容宝の後燕を滅ぼして中原に進出し,国都を山西省の大同に移して平城と称した。漢人名士を顧問に任じて官制を整え,遊牧民の習俗を廃して中国風に改めるなど,中国伝統の礼教による政治を行うとともに,部族解散を断行して部族民を中国人と同じく州郡の戸籍に編入して北魏王朝の基盤を築いた。
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