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●動物崇拝 どうぶつすうはい

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 動物に人間以上の霊力があるとする信仰。その対象となる動物にはいろいろなものがあって,牛・馬・犬・猫・狐・狸・いたち・熊・蛇・海蛇・からす・とびなど,獣類・爬虫類・鳥類の各種にわたっている。また現実の動物ではなく,現実からヒントを得て想像した,いわば架空の動物らしいものもある。大蛇・竜・かっぱ・ひひ・くだんなどがそれである。さらに,呼称だけは現実的であるが,その伝承する形態・性情はきわめて非現実的であるというものもある。孤だといいながら実は小さい竹管の中に入っているとするクダ狐,蛇だといいながら胴太であたかも鰹節のごとしとするトウビョウ,からすではあるが足が3本あるという熊野のからすなどがそれである。

【動物の霊力】いずれにしても,そういう動物に人間が人間以上の霊力を感じるというところから,この信仰は始まるのである。それにはいろいろのパターンがあるが,まず最も基本的なパターンはその予兆力を信ずるということである。つまり動物に自然現象や,さらには人為的変化をまで,予め察知する能力があるとするもので,これによって動物のある種の行動を人間に対する予兆だとするのである。三毛猫が船中で走り回れば海が荒れる,蛇が木登りすれば雨,犬が遠ぼえすれば不吉なことがある,狐がコンコン鳴けばめでたいが,キャンキャン鳴けば凶事がある,というような伝承が全国にわたって多い。そのためこういう霊力たくましい動物を積極的に迎えるとか,あるいはその霊を恒久的に祀るというようなこともおこる。新潟県高田市在の浅井神社ではお晴見祭りといって,毎年春祭りに山から蛇をとってきて,神前でその動きを見て晴雨を占うという神事がある。近畿地方の西部では狐施行といって,毎年寒になると狐のごちそうをこしらえ,これを持って狐のいそうな所へ置いて帰るという慣行があった。これなどはのちに寒中の遊びのようになってしまったが,初めはそうでなく,霊力たくましい狐に供物をそなえ,その託宣を聞くということであったはずである。福島県会津郡の檜枝岐(ひのえまた)では,いたち寄せといって,鎮守の森に大勢が集まり,一人に幣束を持たせて座らせ,その周りを大勢でとり巻いて呪文を唱え,やがてそのなかの一人がふるえ出すと,これに向かって作物の豊凶とか,病人の安否などを問うという慣行があった。つまりいたちの神に聞くというわけである。

【神使・憑きものとしての動物】こういうところからやがて動物を神として恒久的に祀るということもおこる。すなわち狐神・猿神・蛇神といった信仰であるがこれにはまた神使という信仰も重なっている。つまり動物そのものが神ではないが,神の使者が動物だという信仰である。稲荷神の狐・八幡神の鳩・春日の神鹿・愛宕のとび・熊野のからす,といった信仰がそれであって,すでに古代の文献からその例を見ることができる。そしてこの信仰によって,いまも稲荷神社には石の狐像があり,奈良県の大神(おおみわ)神社には現実に白蛇が飼われていることも周知のとおりである。しかし,こうした神使としての動物や,また神そのものとして祀られている動物の場合も,もともとが動物であるから,その祀り方が悪ければたちまち下道(げどう)になり下がり,そして人に憑くという考えがある。すなわちいわゆる憑きものであって,狐憑き狸憑き犬神憑き猫憑き蛇憑きといった俗信はここから生じる。山陰地方では,人に憑く人狐は稲荷の堕落したものだといい,四国の瀬戸内地方では,蛇憑きで困る場合にはこれをトンボ神に祀り上げるといっている。この憑くということとは違うが,やはり不満を持つ動物霊の作用に祟りということがある。なかでも蛇の祟り・猫の祟りが最も多くいわれる。そういう祟りを未然に防ぐためにその霊を供養するという習俗も広い。虫供養魚供養あるいは馬頭観音などの信仰がそれである。