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●道徳教育 どうどくきょういく

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 道徳教育とは,児童・生徒に「よりよい生き方」を身につけさせる教育である。けだし,〈人と人との関係の中で,一人一人がよりよく生きようとする生き方そのものが,もともと,道徳と呼ばれてきた〉(「中学校指導書-道徳編」1978年,文部省)。〈道徳は,要するに,自己自身の自覚と実践にかかわる人間の生き方の問題である〉(「小学校指導書-道徳編」同年)からである。

 道徳の「道」の原義は人の往来する道路であるが,転じて人の踏み行うべき道,すなわち行為の法則または善悪の標準という規範的意味を持つようになったのである。「徳」については,朱子の『論語集注』に〈徳之為言得也。行道而有得於心也〉とあるように,先の行為の法則(道)にかなった行為を行って得た優れた精神的能力・品性を体得することである。アリストテレスが『ニコマコス倫理学』において,〈倫理的卓越性は習慣づけに基づいて生じる〉といっているのも,同じ事態を指している。このように道徳はその人の生れ育つ共同体によって望ましいと是認されている行為の仕方や心的態度であるからして,その教育は,子どもたちが道徳を所与のものとして受けとることから始まる。まさしく「しつけ」という概念は,親や大人の側から期待されている「行動の型」であり,同時に「型にはめる」習慣化の意味をもっている。しかし,道徳は法律などのように外的強制を伴うものとはちがって,行動や態度になんらかの自主的規制を加えることが要求される。つまり,既存の規範が人々の行動の善悪の日常的判断の規準となっている事実の大きさを認めるとともに,それらの規範を個人が解釈し,選択・決意して自分の行動体制の中に取り入れるところに道徳は成立するのである。道徳教育において,道徳性の発達を〈他律的な道徳から自律的な道徳へと推移する過程とみなす〉(上掲小学校指導書)のは,単に心理的発達の面からだけでなく,価値観の形成過程の面からも重要な理由を持っている。

 道徳教育は,まず家庭における日常生活の基本的な行動様式のしつけに始まる。家庭での訓育が,子どもの道徳性の形成の基礎となることは改めて言うまでもない。他方,地域社会の教育的感化の大きさに留意しなければならない。子どもたちは,地域の大人の生活ぶりや人間関係,自然や文化への働きかけなどを観察し,模倣し,時に反発したりするなかで,認識や行動能力を獲得し,生活感情を育てていくのである。しかしながら,道徳教育を最も意図的・体系的・計画的に行う場は学校である。その意味で,道徳教育の推進に当って,家庭や地域社会との連携を図ることは自明の理であるが,学校の果たすべき役割はきわめて大きい。

【道徳教育第 I 期】日本の近代学校における道徳教育は,1872年(明治5)の「学制」で「修身口授」(小学)・「修身学」(中学)を規定して以来のことである。この期の教科書は,その多くが欧米の書物の翻訳であって,わが国の実情とはほど遠いものであった。修身科を諸教科の筆頭にあげて,徳育優先を強く表明したのは,1880年(明治13)の「改正教育令」である。教科書は1883年から文部省による認可制となったが,内容をみると,当時の自由民権運動に対処しようとする政府の意向を反映して,全般的に儒教道徳重視の特徴を示している。その後,復古派と欧化派の激しい「徳育論争」がおこり,その混乱を統一する「教育に関する勅語」(1890年10月30日)が発布された。この教育勅語は,近代道徳と儒教道徳とを,天皇制絶対主義的国家観で統合したものである。以後50余年のあいだ,道徳教育は教育勅語にもとづくことになる。修身教科書も勅語の精神を生かすべく,検定強化から国定化への道をたどる。日清・日露の両戦争の勝利は,忠君愛国の精神を鼓吹することになる。第一次世界大戦後,いわゆる大正デモクラシーの時期,児童中心主義の教育改革運動による「生活修身」の動きもあったが,世相の緊迫とともに急速に終息してしまう。

 昭和6年の満州事変後,修身教料書は,国家主義の色彩をいっそう濃くし,臣民道徳を強調するようになる。1941年(昭和16)「国民学校令」により,修身は国語・国史・地理とともに「国民科」に統合されるが,国民科修身は皇国民を練成する「国民道徳」として最も重要視されたのである。

【道徳教育第 II 期】1945(昭和20)8月の敗戦を契機に,日本の道徳教育は大変身をとげる。修身は敗戦の年末に,いち早く授業停止の占領軍指令を受け,事実上この時をもって廃止となった。また,1948年6月に国会は教育勅語の排除を決議し,これまでの道徳教育の支柱が全く壊滅することになる。これに先立つ昭和22年3月公布の「教育基本法」「学校教育法」によって,新憲法に基く学制が発足した。道徳教育は,新設の社会科が中心的役割を担うことになった。社会科は〈社会生活についての良識と性格を養う〉ことを目的として設けられた(文部省学習指導要領,昭和22年版)からである。また,教科外の「生活指導ガイダンス)」によって,実践に裏付けられた道徳教育を効果的に行いうるものと考えていた。しかし,戦後世相の混乱と青少年の非行増加の傾向に伴い,道徳教育を再検討すべきだとする要望が強まる。教育課程審議会の1958年3月の答申を受けて,文部省は直ちに小・中学校「道徳」実施要綱(次官通達)を出し,同年8月の「学校教育法施行規則」の改正で「道徳」の時間を小・中学校の教育課程に明確に位置づけた。「道徳」の時間が特設されて,すでに26年を経過している。この間の変遷を,学校現場での論義の中心テーマを区分規準としてみるなら,三つの時期に概括できる。第1期は,ほぼ昭和30年代の数年であり,道徳教育の意義や「道徳」時間の必要性をめぐっての議論が大半を占めている。第2期は,昭和40年代から50年代初めまでの時期で,特設時間がほぼ定着し,「道徳」の時間の資料や授業の展開方式の開発が盛んに行われた。たとえば,平野武夫の「価値葛藤の場」構想,青木孝頼の「価値の一般化」および「資料活用類型」論,井上治郎の「資料即生活論」や「話し合いの組織化」の構想など,学校現場に大きい影響を与えた代表的授業理論である。ただし,この第2期において留意すべきは,「道徳」の時間即道徳教育と見なす傾向が強まったことである。一般に,徳目主義とか徳目の序列化の推進という批判がこの時期に増えたことが,先の傾向を裏書している。

 第3期は,1977年(昭和52)の小・中学校学習指導要領改訂以後の時期である。論義は「道徳実践力の育成」や「道徳的実践の徹底」に関するものが多い。またこれらの問題にかかわって,学校裁量時間,いわゆる「ゆとりの時間」や体験学習の持つ道徳教育的意義が検討されている。第3期は,学習指導要領総則にある〈学校における道徳教育は,学校の教育活動全体を通じて行うことを基本とする〉という,道徳教育の原点の再確認を強く求められているといえる。なぜなら,校内暴力登校拒否などの問題行動がいたる所に存在する学校の現状や社会状況にあって,学校の道徳教育の全体計画や教職員の協同が不可欠だからである。加えて,家庭や地域社会との緊密な連携が求められる。

【現代的課題】最近の子どもは,無気力で自律性に乏しく,根気や耐性がないとか,自己中心的で衝動的な行動が多いという原因は,物事を知らないということ以上に,感情の自己統制力が育っていないことにある場合が多い。したがって〈道徳教育の究極目標は,道徳的実践が伴うことであるが,そのためには道徳的態度が形成されていかなければならない。このことは一度に可能になるのではなく,自分自身の中に生起するあらゆる欲望や感情をありのままに,しかも明確に意識化し,これを統制することができるように,つねに援助や指導がなされてはじめて可能である〉(「小学校道徳指導の諸問題」文部省,1967年)という指摘に特に注目すべきである。

 確かに,多様なありのままの感情経験を通して,意味あり価値あるものの選択の機会が与えられ,時に失敗や脱線を糧として視野を広めながら,衝動の抑制や,高い価値への意欲をふくらませ,持続することを学ぶことができる。幼児以来,指示に順応することに慣れてきた子どもたちには,自分の五感で感じ,考え,挑戦する自己決定体験の場が求められる。