●董仲舒 とうちゅうじょ
アジア 中華人民共和国 AD179 後漢
前1797〜前104? 中国前漢の大儒。広川(河北省棗強東)の人。景帝のとき春秋公羊伝の博士となった。武帝時代の初期賢良として天子の親問に答えて脚光を浴びた。彼は学問の深さで世の尊敬を集めてはいたが,その割合には中央政治の場では不遇で,2度も武帝の兄で驕慢な王たちの相手となったり,またそのあいだに災異説を密奏されて死刑にされそうになったり,という危機をもった。退官後は帰家して学問著述に専念。彼の本領は儒学に陰陽説を取り入れて時代に適応した哲学を大成したところにある。その根本原理は天人相関説である。これは自然に陰陽があるように人事にも陰陽ありとし,この陰陽を媒介として自然−天と人間−君主との相関を理論化したもので,ここから彼独特の災異説と陽尊陰卑の王道論を展開した。また独自の公羊学にもとづいて漢朝のための改制論を用意していた。彼は賢良対策で儒学一尊の思想統制を主張した。しかし,儒学が国教化したのはこののちの官学化と,その影響による儒家官僚の官界制圧という段階をへてからであった。