●道中記 どうちゅうき
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旅の見聞は人々の視野を広げ,生きた知識を定着させ,本人はもとより周辺の人々にも影響を与えた。広義の旅行記録・紀行文学は人間の記録として広範にみられるが,ここでは近世における旅行文学,個々人の道中覚,ならびに旅行者の便宜をはかる目的で編まれた道中案内書などを道中記としてとらえたい。なかでも後二者の史料性と社会史的意義は重要であり,今後いっそう見直される意味がある。諸制約下にありながら多数の庶民・大衆が多くの道中を試み,安全な往復もなし得た国は少ない。刊年の明らかな道中記の最初は1659年(方治2)刊行のものであるが,ここでは使用目的があらまし武家公用に宛てられているようである。江戸中期以降,庶民の旅が一般化するとともに『道中細見』『道中独案内』などの携帯用の小本や1枚刷の街道案内が版行された。十返舎一九の『東海道中膝栗毛』はフィクションとして空前の歓迎を受け,続編後編を重ね,弥次喜多は金毘羅道中・木曽路道中をむりやり歩かされ,ついに種切れワンパターンになるほどの社会現象になった。人々は主人公たちの体験を自らの実感として受け止めると同時に,旅への憧憬をもかきたてられたのである。1810年(文化7)刊行された『旅行用心集』は,道中案内の集大成ともいうべき実用書の傑作とされ,明治時代にもその生命を保ったほどであった。一般無名の人々の旅日記・道中覚も生々しい見聞記として,また物価・世情を含んだ社会相を知るものとして貴重である。