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●東大寺法華堂 とうだいじほっけどう

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 法華堂はもと良弁僧正が,この地に山房をかまえていたことから,その山房が金鐘寺(こんしょうじ)となっていったともいわれている。752年(天平勝宝4)の東大寺四至図では羂索(けんさく)堂とあることから,本尊の不空羂索観音をまつるための堂宇であった。この堂の創建は733年(天平5)といわれ,とにかく東大寺の創建より早い時期に建てられていたのである。また旧の3月16日に毎年法華会が営まれたので法華堂といい,三月堂という通称も生まれたのである。この三月堂を外観よりすると一棟のようにみえるが内部は本堂と礼堂とに分かれている。本堂は東西の桂間5間,南北が4間で,本堂は1間で寄棟である。礼堂は東西5間,南北2間で板敷寄棟の屋根で,本堂と礼堂の間には東西5間,南北2間の造り合いをつくり,合の間を形成している。この建築はもともと羂索堂として建てられたのであるが,今は天平時代の寄棟造りの本堂と鎌倉時代の1200年(正治2)に重源によって付け加えられたという礼堂とが一体となっている。

〔参考文献〕奈良六大寺大観刊行会『東大寺』1968,岩波書店

平岡定海『東大寺辞典』1980,東京堂出版