●東大寺戒壇院四天王立像 とうだいじかいだんいんしてんのうりゅうぞう
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法華堂の天平の群像とならび称されるのは,戒壇院の塑像の四天王であるが,もとから戒壇院に安置されていたものではなくて,かつては寺内のいずれかの堂のなかに,法華堂の日光・月光とともに一群をなして安置されていたようである。この四天王の姿は,非常に腰の動きが美しくて,天平の塑像成立時代の最盛期に出来上がったものと考えられる。その技法は,微細なところまで写実が行きとどいていて,自由自在に彫刀がふるわれたことを示し,像の内部にまで力がみなぎっているように感じられる。最初の色彩や唐草模様も,ところどころ衣紋の中に残っていて,持ち物と手以外のところはほとんど完全な形をとどめている。その像の高さも,163cmほどの等身の像で,広目天・多聞天・持国天は口を閉じた沈黙の形をとり,増長天のみが口を開いて忿怒形をしている。その点で,この増長天は法華堂の執金剛神像と非常によく似ている。また,広目天・多聞天の眼は,日光・月光の細い眼と共通の形をとっている。〔参考文献〕奈良六大寺大観刊行会『東大寺』1968,岩波書店
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