●灯台 とうだい
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油を燃やしてあかりとするに,初めは油に直接火をつけたが,やがて灯芯を用い,油に浸してその先端に火をともすようになった。この油皿をのせて灯火とする台を“灯台”という。灯台には,結灯台(むすびとうだい)・高灯台・切灯台・高杯灯台(たかつきとうだい)・掛灯台・吊灯台などいろいろな種類がある。このほかに短檠(たんけい)・竹檠(ちくけい)・鼠短檠(ねずみたんけい)なども灯台としてみることができる。最も古く素朴な結灯台は,初めは木の枝を無造作に結びつけた簡素なものであったと思われるが,のちに3本の細く丸く削った白木をねじって上部を麻の緒で結び,三脚のように脚を開き,その上に油皿をのせるようになった。やがて灯台は各種の形式に分化するが,基本的には1本の柱の上部に油皿をのせる鉄製のクモデをつけ,下に台座を設けた構造のものをさす。油皿には漏れ油を受けるために2枚重ねのものが現れ,灯芯をかきたてる灯芯おさえがつけられた。また台座の下には打敷を敷いて床にこぼれ落ちる油を受けた。打敷はスゴモや油単(ゆたん)といわれる布を用いた。灯台の高さは普通3尺2寸とされているが,そのうち丈の高いものを高灯台,低いものを切灯台という。だいたいこの寸法が平安・鎌倉・室町時代を通じて標準とされたものと思われる。灯台のなかで台座と油皿の受台が菊の花弁をかたどったものを菊灯台といい,上流家庭や,寺院などで使用された。これは仏具としても用いられ菊灯と呼ばれた。また台座が円盤を重ねたような形の灯台を,牛糞灯台と妙な名で呼ばれている。高杯灯台の高杯とは食物を盛るための脚つきの小さな台である。この高杯を逆さに伏せ,台底の上に油皿をのせて灯台として応用したのが,高杯灯台である。構造が功妙な灯台としては眠灯台(単に高灯台ともいう)がある。これは灯架にとりつけた円形の反射板が油皿受けといっしょに上下自在に動き,風除けと同時に光の拡散の効果を果たすものである。この種のものとしては法隆寺に伝えられたのが著名で,反射板には3人の少年の絵が描かれていて,そのうちの1人が机にもたれて眠っている。その意匠が奇抜なことから眠灯台という名がおこったのであろう。
短檠とは元来は切灯台の低い灯火具全般をさすものであるが,一般に短檠と呼ばれるものは油皿の位置が柱の先端より少し下についており,台座が四角な箱で,なかに灯芯や油さし,火打ち道具を入れる。やがて利休型短檠と呼ばれる意匠に擬ったものも現れた。短檠には主として楽焼の油皿が用いられる。蓋つきの雀ひょうそくと呼ばれる土器で,横からみた姿がふくら雀に似ていることから,その名がつけられた。竹の筒を切って台とし,その上に雀ひょうそくをのせた簡素な姿のものを竹檠という。短檠の特殊な形として鼠灯台がある。灯架の先端にとりつけた鼠の像の胴中に油を貯えておき,火皿の油が燃えて少なくなってくると鼠の腹につながる管から空気が入り,油と空気の圧力作用によって鼠の腹のなかの油が口から火皿に滴り落ち,絶えず自動的に火皿の中の油の量が調節されるように巧妙に工夫されている。これには乾漆や金属製,陶製があり,桃山時代ごろ創始されたといわれている。
掛灯台は室内の柱や壁,鴨居などに引っかけて用いるもので,後世の掛行灯につながる。商家の売場や料亭などでは油皿の後方に反射板をとりつけたものが用いられた。また,屋根の丸瓦を応用し,底に油皿を置き,湯殿や流し場に掛けて用いた。吊灯台は寺社に多く用いられ,民間には整ったものは数少ない。“八間”は,吊灯台の一種である。屋根形の笠をつけ,湯屋・寄席・大家の台所などの天井から吊った。裸の油火では光が下にとどきにくいが,これは白い障子の笠が反射板の役目をして室内を広く照らし,八間四方も明るいというのでその名が生じた。