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●道蔵 どうぞう

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 道教経典の一切経で,仏教の大蔵経にあたる。現行の道蔵は,明の1445年(正統10)に完成した『正統道蔵』5305巻に,1607年(万暦35)に,第50代張天師の張国祥が勅によって収集した『続道蔵』180巻を付け加えたものである。そして1924年(民国13)から1926年にかけて,上海の涵芬楼が北京白雲観所蔵の道蔵を中心とし,その他の道観の所蔵も集めて影印したのが上海版道蔵である。これはその後何回かにわたって影印されて,研究者の手に入りやすくなっている。道蔵は三洞四輔に分類される。三洞は洞真,洞玄,洞神の三部からなり,各部はさらに,本文・神符・玉訳・霊図・譜録・戒律・威儀・方法・象術・記伝・讃頌・表奏の十二類に分けられている。三洞はそれぞれ天宝君・霊宝君・神宝君の所説を集めたものとされるが,その分類にはかなりの混乱がある。洞真部のなかで最も重要な経典は上清経であり,洞玄部では霊宝経が,洞神部では三皇文がそれぞれ中心となっている。そしてこの三洞を輔けるものとされているのが,太玄・太平・太清・正一からなる四輔に分類された経典である。しかしここに収められた経典は,実際には三洞に属する経典よりも古い来歴をもったものが多い。この三洞説をもって道教経典を分類するのは,5世紀末劉宋の道士陸修静に始まると考えられている。その後六朝隋唐を通じて,何回か道経目録や道蔵の編纂が試みられ,唐の玄宗のときには『三洞瓊綱』と呼ばれる道蔵がつくられている。さらに宋の時代には,真宗のときに道経目録の『宝文統録』および4565巻よりなる道蔵『天宮宝蔵』が編纂され,徽宗のときには5481巻よりなる『万寿道蔵』がつくられた。この『万寿道蔵』は,金代の『大金玄都宝蔵』6455巻や,元代に全真教団によって編纂された道蔵を経て,『正統道蔵』の基礎になったと考えられている。