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●唐招提寺 とうしょうだいじ

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 唐招提寺とは,奈良時代に唐僧鑑真が唐の724年(天宝1)に楊州大明寺にあったが興福寺栄叡・大安寺普照の請をうけて戒律興隆のために日本への渡航を決意したが,多くの苦難を重ね,12年後の754年(天平勝宝6)平城京に入り,まず鑑真を東大寺に入れてその院を唐禅院と称した。また4月には東大寺大仏殿の前に戒壇を築いて天皇・皇后・皇太子以下400人に戒を授けた。鑑真は唐禅院を弟子の法進に譲り,759年(天平宝字3)故新田部親王の旧宅を改めて唐律招提寺としたのである。この寺院の規模は現在残っている金堂・講堂・経蔵・鐘楼のほか,八角堂などがあった。また金堂の毘盧舎那仏のほか天平の群像が多く残されている。平安・鎌倉時代のこの寺のことは明らかでないが,この寺に住した貞慶覚盛などは高僧としてよく知られている。また,江戸期の護持院隆光もこの寺の出身である。

〔参考文献〕太田博太郎『南都七大寺の歴史と年表』1979,岩波書店