●東洲斎写楽 とうしゅうさいしゃらく
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生没年未祥。江戸後期の浮世絵師。通称斉藤十部兵衛。伝記不祥。江戸に住み,阿波峰須賀侯につかえた能役者であったというが確証に乏しい。1794年(寛政6)5月,歌舞伎夏狂言を題材にした,役者大首絵(半身像)28枚を発表,翌1795年(寛政7)2月までのわずか10カ月間に約140点の役者似顔絵と少数の相撲絵・歴史画をのこし,彗星のように浮世絵界に現れて消えた。喜多川歌麿と同じく版元蔦屋(つたや)重三郎(蔦重)に発掘され,世にでたもの。画風はきわめて個性的で,勝川春草により始められた個性描写をさらに発展させ,鋭い観察眼をもって俳優の表情や手の動きなどをとらえてそれを造形的に強調し,みる者に強く印象づける。しかしその醜悪なほどの迫真的な作風が俳優や観客の不評をかい,絵師としての生命を縮めた。今日では世界的肖像画家の一人。代表作『市川鰕蔵』『中山富三郎』。
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