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●東求堂 とうぐどう

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 室町幕府8代将軍足利義政が京都東山に営んだ山荘は,現在慈照寺銀閣寺)となっているが,東求堂はそのなかにある義政の持仏堂の遺構である。銀閣は西芳寺の瑠璃殿を模して建てられ,東求堂は西来堂を模して1486年(文明18)に建てられた。3間半四方の建物で,屋根は檜皮葺入母屋造である。南面に仏間をとり,東北隅の4畳半を同仁斎と名づけている。仏間は2間四方,床は拭板敷,折上小組格天井,北側に須弥壇を備えている。西側の仏壇の裏には,腰掛けとしての西向きの床がある。同仁斎は,1間半四方の畳敷(4畳半)で,天井は棹縁天井である。北側に,間口1間の付書院と間口半間の違棚を,東西に並べている。床なしで付書院と違棚が並ぶ形式は,古式である。床下の遺構から,同仁斎には炉が切られていたと考えられる。同仁斎が4畳半の現存する最も古い遺構であるばかりでなく,同仁斎の付書院とも違棚もともに最古の遺例である。