●道鏡 どうきょう
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?〜772(宝亀3)奈良時代中末期の法相宗東大寺(一説西大寺)僧。河内国志紀郡弓削出生。俗姓弓削連。法相宗義淵僧正の弟子と伝えられ,大和葛木山で如意輪修法の禅行従事の後,東大寺沙弥を経て内道場の禅師に列した。762年(天平宝字6),近江国保良で孝謙太上天皇の看病に侍し,宿曜修法の験果発揚によって同天皇の寵幸を得て以来,常に側近に侍して身分を高め,763年少僧都,764年大臣禅師,765年(天平神護元)太政大臣禅師,766年法王と1年ごとに急昇進して最高の聖俗両権の掌握者に到達し,769年(神護景雲3)の皇位うかがい事件をおこすまでに至った。和気清麻呂等貴族の妨害によるこの事件解決の翌770年(宝亀元)の称徳天皇崩御直後,道鏡は下野薬師寺別当に遷され,773年に同所で死した。〔参考文献〕横田健一『道鏡』1959,吉川弘文館
滝川政次郎「法王と法王宮職」史林37―3,1954
堀池春峰「道鏡私考」芸林8―5,1957