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●道安 どうあん

アジア 中華人民共和国 AD314 晋

 314〜385 中国,前秦の僧。常山扶柳(河北省冀県)の人。俗性は衛。12歳で出家し,仏図澄に師事した。後趙の石遵に請われて長安華林園に入ったが,のち後趙および前燕の兵乱を避けて,慧遠ら同学500余人とともに南下し,襄陽に住した。江北を統一した前秦の苻堅は,379年に10万の兵をもって襄陽を攻め,道安と習鑿歯を捕えて長安に迎え,五重寺に住せしめた。彼に受学する僧は数千人に及んだという。当時すでに多くの仏教経典が伝訳されていたが,訳者・年次などは必ずしも明らかではなく,意義の通じがたいところも多かった。彼はこれらの経典を整理し,初めて『綜理衆経目録』(現存せず)を作成するとともに,およそ22部の経典に序をつくり,系統的な注釈を施した。従来の,いわゆる格義仏教を排し,般若の研究に最も力を注いだ。また彼は,出家者は釈尊の教えを奉ずる者であるとして自ら釈道安と名乗り,後世の仏教徒はことごとくこれに従うことになったのである。