●東亜同文会 とうあどうぶんかい
アジア 日本 AD
日清戦争後における日中文化交流事業団体。日清戦争後,日本社会の中国大陸に対する関心は一段と高まり,種々の研究団体・事業団体などの発生がみられた。こうした団体のなかから,1898年(明治31)に近衛篤麿らの同文会と井上雅二らの東亜会が合併して東亜同文会を結成した。さらに長岡護美らの亜細亜協会を吸収して拡張し,機関誌「東亜時論」の刊行,研究会・講演会などの活動をみせた。さらに教育文化事業として,日中留学生の相互交換などに着手し,これをもとに1900年(明治33・光緒26)南京同文書院を設立,義和団事変をもとに上海に移転させて東亜同文書院と改称し,同会の主要事業として継続された。1925年(大正14・民国14)には専門学校令による認定を受け,さらに1939年(昭和14・民国28)には大学昇格が認定され特異の発展を示した。日本の敗戦とともに1946年(昭和21・民国35)東亜同文会は教育事業の遂行不能に陥ったとして,外務省に解散を申請し,その幕を閉じた。