●ドイツ表現主義 ドイツひょうげんしゅぎ
ヨーロッパ ドイツ連邦共和国 AD
表現主義の文学運動は,第一次世界大戦前後十数年間,ドイツでセンセーショナルに展開された。この文学運動はココシュカ・カンディンスキー・マルクなどの絵画を中心に,その他建築・音楽・映画など,同時代の美術と緊密に結び合って展開された。このことは,ドイツ文学史上特筆すべき現象であった。表現主義の文学は,資本主義・機械文明・軍国主義・官僚性など,人間性を抑圧し疎外する,既成の権威や体制に反逆し,ときに「おお,人間よ」の熱い叫びか失望の冷たいシニシズムとして,ときに幻視的なエクスタシーとして噴出する,人間の内面のヴィジョンを主体的に表現しようとした。ここにおいては,意味内容と形式の関連性は破壊されているがために,全体は断片の美学となっている。世界の終末のまっただ中にあって彼岸に一縷の曙を希求して新たに出発しようと試みた,詩人のラディカリズムは,どこか黙示録的な相貌を刻んでいる。表現主義は,第一次世界大戦勃発以降,行動主義・社会主義・無政府主義というかたちで,政治的色彩を前面に打ち出す傾向が顕著になった。しかしながら,このような政治主義は,心情のラディカリズムの域を出ず,その体質は本質的には審美主義的なものであった。約言すれば,表現主義の文学の根底にあったのは,ときに欝勃と発酵してくるドイツ特有のプロテストの精神にほかならなかったといえる。表現主義の詩人・小説家・劇作家としてはゲオルク=ハイム・ゲオルク=トラークル・エルンスト=シュタードラー・エルゼ=ラスカー=シューラー・アウグスト=シュトラム・カージミル=エートシュミット・ヴァルター=ハーゼンクレーヴァー・ゲオルク=カイザー・カール=シュテルンハイム・エルンスト=トラーなどが重要である。また,この時代から活動を開始した作家のなかにはベルトルト=ブレヒト・ヨハネス=R=ベッヒャー・フランツ=ヴェルフェル・ゴットフリート=ベンなどのように,表現主義から出発しながらも,以後それを脱却し,独自の世界を開拓していった作家もいた。
以上略述してきた表現主義に対する反動としておこったのが,新即物主義であった。新即物主義は,表現主義の幻視性から脱却し,主観や装飾のいっさいを排して,現実の事態を冷静に即物的に再現しようとした。ここにおいては,ルポルタージュという描写方法が重視され,事実をドキュメントのように客観的に報告することが,本来の芸術美とみなされた。かつての自然主義との根本的相違はここにある。新即物主義の文学において,注目すべき作品が輩出したのは,主として戦争文学の分野であった。このことは,当時の個人と社会にとって,第一次世界大戦が最も重大な関心事であったということ,さらには,戦後10年たてば,血なまぐさい大戦を客観的な距離を置いて回顧し観察できるようになってきた,という事態と密接に関連している。
かかる戦争文学の代表作としては,エーリヒ=マリア=レマルクの『西部戦線異常なし』(1929),ルートヴィヒ=レンの『戦争』(1928),エルンスト=ユンガーの『鋼鉄の嵐のなかで』(1920)があげられる。