●ドイツ太平洋植民地 ドイツたいへいようしょくみんち
ヨーロッパ ドイツ連邦共和国 AD
19世紀後半ドイツが太平洋でつくりあげた広範な植民地。19世紀は欧米列強によって太平洋の島々の分割合戦が強力に推し進められた時期であるが,1870・1871年のプロイセン-フランス戦争の勝利によって成立したドイツ帝国も,サモア・ソロモン諸島・ニューギニア・マーシャルなどに積極的に進出してきた。ニューギニア島の西半分(現イリアン=ジャヤ)はすでに1828年オランダが領有を宣言していたが,1884年イギリスとドイツが東半分(現パプア=ニューギニア)を分割領有した。翌1885年ドイツはナウル・マーシャル・ポナペ・ヤップに国旗を掲げて領有を主張し,ナウルとマーシャルを手に入れることに成功したが,スペインが既得権としてのカロリン諸島領有をローマ法王に提訴し,法王がスペインの主張を支持したために,カロリン諸島の領有は1899年にグアムを除くマリアナ諸島とともにスペインから購入するまで待つこととなった。一方ドイツは西サモアをめぐって1870年代からイギリス・アメリカ両国と権益を争っていたが,1899年末その領有に成功し,西サモアからニューギニアを経て,さらにミクロネシアの大部分にわたる広大な海域に植民地を形成した。しかし1914年(大正3)に勃発した第一次世界大戦により,赤道以北のドイツ領は日本軍が,赤道以南のドイツ領はオーストラリアとニュージーランド軍の占領するところとなり,ドイツは広大な太平洋植民地を一挙に失った。