50音順    検 索

●ドイツ写実主義 ドイツしゃじつしゅぎ

ヨーロッパ ドイツ連邦共和国 AD 

 写実的様式は,ドイツ理想主義がその影響力を失い,個人の生活と社会生活の現実の描写を文学創造の目標とした時代特有のものであって,それが最盛期に達したのは19世紀半ばであった。その時代的区間は,ゲーテの死(1832)とロマン派の衰退期から,次の自然主義文学が台頭するまでのほぼ50年ほどの期間であった。19世紀後半に技術と自然科学の進歩により,人間の社会生活が大きく変化した。工業化・都市化の現象が生じ,それに伴って労働問題が新たな社会問題となった。また自然科学の発達は,形而上学を軽視し,経験を重視する実証主義の方向に人々の思考を導いた結果,直接的な経験にもとづく世界が重んじられるようになり,政治的・社会的生活に対する関心が高まった。写実主義が支配的傾向となり始めて以来,文学においては散文の世紀といわれるくらい,長編小説や短編小説の領域において優れた作品が輩出し始めた。これらの散文作品にとっては,現実生活の矛盾の描写が何よりも大切であった。写実主義的傾向は,政治や社会の動向を文学上の関心事としたがために傾向文学ともいわれた“若いドイツ”の作品や,内面的確信の喪失感より生じる不安を描写したヘッベルの作品などに顕著に現れている。しかしながら写実主義は,ロマン主義と絶縁したものではなかった。ロマン主義的ファンタジーは,ここでは現実を超える方向に走らず,現実を照射する力として作用した。そして実証主義的精神にもとづき観察・分析された自然と人間が,新たな姿となって現れ,ここに詩的リアリズムの文学と市民的リアリズムの文学が生まれたが,その作風はそれぞれまことに千差万別であった。写実主義の時代の作家として,新しい現実を唯物論の立場に立ちながらヒューマニズムを掲げ,肯定的に描いたケラー,また心理分析と批判をまじえながら,同時に暖かいユーモアやメランコリックな抒情をもって現実を描写したラーベや,シュトルム,フォンターネ,マイヤー(1825〜1898),人間心理の綾をリアルに描くルートヴィヒ(1813〜1865),ウィーンやオーストリアの社会関係をもっぱら描くエーブナー=エッシェンバッハ(1830〜1916),ザール(1833〜1906),また農民生活に素材を求め,北ドイツの方言(低地ドイツ語)で作品を書いたロイター(1810〜1874)や,郷土の人々の描写を手がけたローゼガー(1843〜1918)などの名があげられる。なお演劇の分野では,わずかにヘッベル,グラッベ(1801〜1836)の名があげられるだけで,低調をきわめた。