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●ドイツ敬虔主義 ドイツけいけんしゅぎ

ヨーロッパ ドイツ連邦共和国 AD 

 17世紀から18世紀にかけてのルター派内におこった教会内改革運動。敬虔主義の源流はイギリスのピューリタニズムやオランダのカルヴァン派などに求められるが,ドイツにおける敬虔主義はアルザス生まれのルター派教会牧師シュペーナーが,1670年の夏にフランクフルトで主席牧師として,教区の人たちの宗教活動を促進するために個人的集会を開いたのを機縁とする。彼は神学における哲学的傾向を排除し,聖書を中心に据え,集会への参加者と宗教問答を重ねて,回心と信仰の内面化を重視した。この集会が「敬虔なる者の集い」といわれたところから,集会への参加者に対するあだ名としてピエティストという語が用いられた。敬虔主義はこうした宗教運動を表すピエティスムスの訳語である。ピエティストたちのこの集会は志を同じくする者たちの〈秘密集会〉であった。敬虔主義はルター正統派の「ドグマ」に対して「生命」を,「官職」に対しては「精神」を,「神学」に対しては「敬虔性」を,そして「義認」に対して「再生」を対置し,個人の具体的な宗教体験を中心とした運動を推進した。この運動の最盛期は1670年から1740年にかけてであった。シュペーナーのほか,信仰にもとづいた教育事業に力を注いだハレのフランケやヘルンフート兄弟団を組織したツィンツェンドルフ伯,また南ドイツのシュワーベン敬虔主義を発展させたベンゲルなどが指導者としてあげられる。敬虔主義の精神活動における直接的影響を指摘するのは困難であるが,ドイツ文学においてはゲーテ・シラーをはじめ,この時期の多くの詩人たちが青年期を敬虔主義の雰囲気のなかで過ごしており,その影響は大きい。秘密集会において個人の宗教体験が告白の形で行われ,その際自己の心理の考察と分析が要求された。この自己観察を叙述する必要から書簡文学と自叙伝文学のジャンルが発達した。敬虔主義的心情による文学作品の白眉は,ゲーテの『ヴィルヘルム・マイスターの修業時代』のなかの『美しき魂の告白』である。さらに自己の感情の流れを表現するために柔軟な表現が要求されたため,ドイツ語の語彙が豊かになった。このことはヘルンフート派でとくに盛んであった賛美歌に現れている。また敬虔主義の指導者たちは賛美歌の優れた作詩者でもあった。なかでもテルステーゲンはとくに有名である。また教育事業において,ラテン語のかわりにドイツ語を用いて,実科目が重視されたことは,敬虔主義の世俗化の功績にかぞえられる。敬虔主義はドグマに対して生命を強調することによって,最初は啓蒙主義と近い関係にあって,正統派と対立したが,啓蒙主義の理性強調が高じるにつれて,感情に力点を置く敬虔主義はしだいに啓蒙主義と対立するようになった。敬虔主義の感情の解放は,クロップシュトックの宗教詩や,ヴィーラントの文学においてもうかがわれるのであるが,とくにシュトゥルム=ウント=ドランクの詩人たちの作品において決定的な形で具象化され,その後,シュライアーマッハーの宗教哲学に影響を及ぼしている。こうして敬虔主義ドイツ文学が豊かな感性を醸成する培養土となっていた。