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●十市県主 といちのあがたぬし

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 古代,ヤマト国十市郡一帯に勢力を有していた氏族。大和国十市郡は現在の桜井市,磯城郡田原本町あたりと推定されるが,古代においては履中天皇清寧天皇継体天皇などの宮が置かれたところで要地であった。その地の豪族であった十市県主はかなり古くから天皇家と密接な関係を有したらしく『日本書紀』では孝安天皇紀に十市県主五坂彦(いさかひこ)の娘が皇后となったとする一説を掲げ,また『古事記』でも孝霊天皇は十市県主の娘を娶ったとある。県(あがた)は大和朝廷の一行政単位とみなされ,県主(あがたぬし)はその地の首長であった。十市県を含む大和国の六県(むつのあがた)は皇室との結びつきが強く,天皇の料地の如き性格を有していた。それは『延喜式』祝詞などに十市の御県(みあがた)とあることからも知られる。また同じく『延喜式』神名帳には十市御県坐神社の名が見え,十市県主はその祭祀を担当したと思われ,氏族の祭祀上の性格にも注意を要する。