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●天然記念物 てんねんきねんぶつ

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 わが国の自然を理解するうえで,欠くことのできない自然物および自然現象。狭義には文化財保護法によって指定された動植物・地質鉱物などをさす。

 同法では,日本にとって学術上価値の高い動物(生息地・繁殖地および渡米地を含む),植物(自生地を含む)および地質鉱物(特異な自然の現象を生じている土地を含む)も文化財として定義し,その重要なものを天然記念物として文部大臣が指定することとしている。また,天然記念物のうち,世界的に,また,国家的に価値がとくに高いものを特別天然記念物に指定している。

 法令上,天然記念物は文化財保護法により国が指定したものをさすが,このほかに都道府県や市町村の条令で指定された天然記念物があるが,これらは「都道府県または市町村指定天然記念物」のように表示される。

このほか,“天然記念物”の語は珍しいもの,稀少なもの,固有のものなどに使われることがある。天然記念ということばは,18世紀末,ドイツのアレキサンダー=フォン=フンボルトが南アメリカを旅行したさいに1本の巨大な木をさしてはじめて使っている。しかし,ことばとして定着したのは19世紀後半のことで,プロイセン(現在のドイツ)を中心に郷土愛のシンボルとして天然記念物の保護が叫ばれたころからである。その内容としては,1906年に発足した「プロイセン天然記念物保護管理国立研究所」の活動原則第2条によると〈天然記念物とは,とくに特色ある郷土の自然物をいう〉としている。具体的には〈とりわけ土地の風景の一部であれ,大地の様相であれ,その本来の場所にあるものを言う〉としている。

 日本では1907(明治40)年,東京帝国大学の三好学が雑誌に「天然記念物保存の必要並びに其保存策に就て」と題した一文をのせ,天然記念物の保存を訴えたのがはじまりとされている。

 三好学らの提唱は,貴族院議員徳川頼倫らの支援を得て1911年(明治44),「史蹟及天然記念物保存ニ関スル建議案」として国会に提出され可決されたのち,1919年(大正8)徳川頼倫ほか6名の発議による「史蹟名勝天然記念物保存法」が成立し,その保存制度が整った。同法は1950年(昭和25)文化財保護法の成立と同時に,その一部として継承され今日に至っている。

 天然記念物の指定は,1920年(大正9)以来,現在までに約1,000件が指定されている。その主なものは,わが国固有の動物,たとえばアマミノクロウサギ・ヤマネ・アホウドリ・メグロ・オオサンショウウオ,固有ではないが著名なタンチョウ・コウノトリなど,あるいは鹿児島県のツルおよびその渡来地やゲンジボタルの発生地などがある。また,植物では,日本古来の自然である奈良の春日山原始林などの原始林,特殊な立地のもとで発達した白馬連山高山植物帯などの高山植物帯や石灰岩地植物群落などがある。

 このほか,地質鉱物では化石・鉱物岩石や地層の褶曲を示すもの,濃尾地震(1891)の際の根尾谷断層など多岐にわたっている。

 指定された天然記念物の保護は,現状の変更や保存に影響を及ぼす行為に許可が必要で,法に違反して滅失にいたらしめた者には5年以下の懲役もしくは禁固と,この種の文化法としては重い罰則を設けている。天然記念物の保護は,環境の悪化を反映し,最近とみに困難さが増してきている。

 天然記念物に指定されたもので絶滅したものが過去に2件あり,第二次世界大戦中に絶滅したウシウマと,1922年(大正12)に指定された時以来確認されず絶滅したと考えられるキタタキ(朝鮮半島には生存しているらしい)がある。また,絶滅のおそれのあるものとしては,もうすでに野生のものがいないトキ・コウノトリ,それに最近確認されていないカワウソがある。タンチョウとアホウドリは一時絶滅したと考えられていたが,現在200〜300羽を数え,危機を脱したと考えられている。