●天壇 てんだん
アジア 中華人民共和国 AD
明清時代の皇帝が「祭天祈穀」の祭祀を執行した場所。旧北京外城南端に位置し,北半の祈穀壇と南半の園丘壇の部分に分かれ,天壇はその総称である。明永楽時代に天地壇として創建され,1534年(嘉靖13)に地壇が分離されてより天壇と称する。祈穀壇は祈年殿,皇乾殿などからなり,正月の上辛(最初の辛の日)に皇帝が五穀豊穣を祈る「祈穀」の祭祀を挙行した。祈年殿は高さ38m直径30mの円形建築で鍍金(めっき)の宝頂と3層の琉璃瓦ぶき屋根をいただいている。瓦は明代には上から藍・黄・緑の3色であったが1751年(乾隆16)より藍一色に改められた。圜丘壇は圜丘と皇穹宇(こうきゅうう)からなり,皇帝が冬至の日に天を祭る場所である。圜丘は1530年(嘉靖9)に創建され,藍色琉璃轉(せん)の円形3層の祭壇であったが,1749年に白大理石を用いて改建された。各層の直径は21・15・9丈と3の倍数となっている。現在旧天壇区域は,天壇公園として旧城内最大の公園である。