●天動説 てんどうせつ
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コペルニクスの地動説が公認されるまで,洋の東西を問わず,大地が宇宙の中心で,すべての天体は大地の周りを回転するという天動説が広く行われた。インドの須弥山説や中国の蓋天説・渾天説も天動説の部類にはいる。古代ギリシアでは天体観測が進み,宇宙を幾層もの天球と考え,大地も球形とみるようになったが,天体・天球が地球を中心に等速運動するという同心天球説では,太陽・月・5惑星などの運動の不規則性を説明できないため,地球を中心に描く大円上を等速運動する1点を軸に小円を別に設け,日・月・惑星がこの小円の周りを回転する周転円説,地球の位置を宇宙の中心から,わずかに離す離心円説など,種々の工夫がこらされた。紀元2世紀ごろプトレマイオスは,これらの理論をまとめあげて天動説の体系を完成した。その後この体系は中世を通じ,カトリック教の宗教的権威として君臨した。日本でも18世紀末,地動説が導入されるまでは東西の天動説が信じられていた。〔参考文献〕薮内清『天文学史』1969,朝倉書店
中山茂編『天文学史』1982,恒星社